#4193

過去の重石


文化 自分

土曜ですが出勤日でした。
いよいよ今月から中旬が地獄のように忙しくなる慢性繁忙期の始まりで、
今週がその初っぱなということになります。人が減りまくって最初の繁忙期ともあって
さっそく先行き不安を感じさせるようなため息が聞こえてきていますが、
個人的にはまだまだ去年冬~年度末と比べるとまだまだ穏やかといった感じ。

そういうわけで今日は起床から出勤までのうんざり感はなかなかのものでしたが、
会社に着いてしまえば後はわりかし緩やかに過ぎ去っていきました。
業務上はまったくトラブルもなく平穏に行ったのは良かった、のですが……。
昼休憩に奨学金の話になり、ついうっかり学生時代の借り受け状況を話してしまって
帰宅後に物凄く後悔しました。

自分は大学院時代以降、外で出会った信頼して欲しい相手には、
なるべく自分のプライベートのことは話さないように注意するようにしています。
いつからか自然とそういう風になって今に至るわけですが、
何故かと掘り下げてみると、大方自分の過去が黒歴史だらけで
話せば話すほどボロが出てしまうからなんでしょう、きっと。
バイトが出来ずに苦しんでいた大学時代が生み出した最大の闇とも言える奨学金は、
ある意味で自分の自尊心に最も近接したデリケートな話題とも言えます。

他人との会話が盛り上がると、
心のどこかで「他人に注目してもらいらい話題」を無意識に探していて、
自分自身の成功体験や、他で見知った記憶の中に良い題材が見つけられないと
つい焦って「自虐ネタでもいいから盛り上げたい」と思ってしまいがちになるのは、
自称コミュ障ゆえの悪癖とも言うべきでしょうか、
ともかく自分は話題に詰まればつまるほど、墓穴を掘ってしまいがちのような気がします。
大学院時代によく「他人と会話すると必ずといっていいほど後で後悔する」
と常日頃思っていたのは、この辺の悪癖に依るところが大きいのかなと。

これで職場の一部の人には「あいつは膨大な奨学金を返済していない貧乏人だ」
というイメージを植え付けてしまったかもしれませんが、
しかし言い訳をすれば、学生時代の自分にとっての学資問題は
弟の進学が控えている家族にその負担をすべて受け渡すか、
もしくは将来の自分がすべて請け負うかという二択だったと思っているので、
後者を選んだ現状はもちろん客観的にはダメ人間に見えるかもしれないけれど
自分にとっては必然的な選択の結果だと思っています。
「私大に行くためには莫大な借金をしなければならない」ということを
あと五年早く気付いていれば……というようなことはよく考えていますが。
何故大学進学にあたってそのことを教えてくれる人が周りに一人もいなかったのか、
あるいは自分が聞いていなかっただけなのかもしれませんが、
「大学に進学するのは当たり前、大学に行くために奨学金を借りるのも当たり前」
という風潮が学校内に蔓延していたのは確かです。
そういう意味では、自称進学校に進学した時点でこうなることは決まっていたのかもなぁ……。

奨学金の話は自然と世の中を勝ち組と負け組に分けたがる構図が目に見えてきて
非常に嫌な気持ちになりますね……。ただ単に現実から目を背けたいだけなのかもしれませんが。

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