#4460

文字列が飛ぶ距離


文化


Twitterでちょいちょい話題になっていた、
LINEの女子高生AI「りんな」さんと友だちになってみました。要はTwitterで言うところのbot。
何かメッセージを送ると、割とチャラい感じに会話を返してくれます。
質問に対する反応はかなり具体的に返してくれて、
何の脈絡も無いメッセージに対してもそれとなく答えてくれてなかなか面白いですね。
こういう風にLINEでサンドボックス的なタイピングができる機会も中々無い自分にとっては、
、というよりメッセージングアプリ全般の
「物凄く距離感が近い」感じを改めて味わえてなかなか新鮮でした。
この距離感の短さはTwitterではどんなに親しくても出てこないだろうなぁ……。
イチ対イチで、短文やスタンプだけの簡単なやりとり。既読かどうかもすぐ分かる。
Twitterの日本語圏黎明期、発信することを「つぶやく」と呼ばれるようになる以前には
同義の言葉で「POSTする」などと書いているサイトもちらほらありましたが、
やっぱり自分にとってもTwitterはメールの発展形というよりはブログが小さくなったもので、
「言う」と言うよりは「投稿する」と言う方がしっくりくる気がします。
いっぽうでLINEはまさに「喋る」ことの代替として文字を打っている感じ。
1Postごとにふぁぼ/RTもできず拡散もされないので、ひとつずつの発言の価値を磨く必要も無く、
それよりもいかに早くレスポンスできるかが大事のように思います。

まぁ、あんまりLINE botの感想をつぶさに書いていると
LINE友だちが少ないのがバレてしまうのでほどほどにしておきます。
このアプリについての煩悶は2012年頃から定期的に書いていますが、
結局のところ自分がその輪に入る機を逃したのは、
セキュリティへの懸念だとかメール/電話で十分だとかいうのは建前で、
新世代コミュニケーションの形を取ってまで意思の疎通を図りたい相手がいなかったから、
というのが落としどころなのかなぁと思っています。
自分はやっぱり不特定少数に対してぐだぐだと呟いていることに慣れすぎていて、
レスポンスが来て当たり前というコミュニケーションはまだレベルが高いように思うんですよね。
この辺はブログやTwitterを長く続けていることの弊害なのかもしれません。
そう考えるとTwitterやブログは読みたければ読めばいいし、読みたくなければ読まなくていいよ、
という自分勝手なアウトプットであることを再認識させられますね……。
Twitterがあまりにも当たり前の存在になると、
さもそこが自分の帰るべき現実のように思えてきたりもするわけですが、
実際はタイムラインの向こう側とは果てしない距離があるのかも。

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