#4461

進まない片手間


今日の出来事 自分


比較的単調な作業の場合、おおよそのパターンを掴みきってしばらく経つと、
特別な注意を払わなくても作業を淡々と進めることができるようになります。
すると頭が暇になるので、あれこれといろんなことを考えるようになります。
そういうパターンが定着したおかげで、この年度末繁忙期は妄想癖がかなり酷くなりました。

ただし、頭の中は不可侵領域だからといって何でも想像し放題というわけでもなく、
実際に役に立つ、前進の原動力になるような妄想は皆無なんですけどね……。
例えば、想像する時間がたっぷりあるなら創作系妄想が捗るのかと言われると、そうでもない。
ブログの “独り言” に相当するような自分哲学的な問答も進むのかと言われると微妙。
一応仕事中もプライベート用のメモ帳を隠し持っていて、
これだという着想が舞い降りたときはメモれるようにはしているのですが、
実際にメモを取った回数はさほど多くなかったように思います。

まぁ、それは本当の意味で頭をお留守にできるほど仕事が単調ではないというのもありますが、
仕事の環境も多少なり思考回路に影響を与えているのかなぁとも思います。
「出席するだけが義務」と思っていた大学時代の講義中などは
結構今後のことやらブログネタやら休日計画やらがいろいろ捗っていたので、
講義時間そのものが計画立案の礎になっていた感がありますが、
それは興味のある/ないという線引きを目の前のサボりたい欲優先で決めて
それでも許されてしまっていた立場だったからこそで、
さすがに学生を通り越してしまうと外面を保ちつつ妄想も充実させるのは難しいのかなと。

今改めて考えると、ああいう風に講義中の空想時間や
空いたコマを丸々使って図書館の片隅でノートと向き合う時間を持っていたことは、
多少なりとも精神安定の一役を買っていたように思うんですよね。
バイトもしない大学生なら当たり前だろうと言われるかも知れませんが、
あのときは時間に追われているなんていう感覚は皆無だったし。
ブログ等を通じて心の整理をする時間はかなり潤沢だったように思います。
今はそういう時間を持てるとしたら帰宅後しかなく、突き詰めればブログ執筆中しかなく、
それさえも最近は平日ほとんど取れないことが多いですからね……。
もしも心の整理をしないことが時間不足の錯覚の原因なのだとしたら、
むしろどこかで敢えて時間を浪費してみる覚悟も必要なのかなぁ。

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