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非言語の沼


いまや室内で消費できる娯楽は無限にあると言っても過言ではない時代ですが、
漫画や小説、その他書籍、アニメ等の映像作品、あるいはネットサーフィン、SNS等と比べて、
ゲームという媒体にだけのめり込む弊害は何かと考えると、
いろいろ出てくると思いますが、
「語彙が増えない」というのは個人的に深刻な問題のように感じます。
実際本当の意味でゲームだけの一日を過ごすのは難しく、
それはそれで生まれ持つ集中力に恵まれないと出来ないことではあり、
大抵の人は隙間時間に他者と関わりを持つ何らかをしていることと思うのですが、
少なくともゲームをしている間は、ゲームの世界にのめり込むことになります。

ゲームと一口に言っても広すぎるので一概には言えませんが、
RPGのように「お話を読む」のが主目的ではないジャンルの場合、
しばしば言葉ではない他の視覚的情報の方を重視する傾向にあるように思います。
言葉の代わりに、例えば「炎」という語句を赤色で示したり、アイコンにしてみたりするわけです。
その方がデザイン性を損なわないし、何より直感的に分かりやすいんですよね。
パズルゲームなんかはまさに非言語の世界だと思います。

自分はここ数年定期的に「本を読みたい!」と思い立ち書店で本を買い漁ったあげく、
読む時間を確保できずに積読本ばかりが増えていくということを繰り返していますが、
結局のところ「本を読みたい」という欲求の正体というのは
「いろんな語彙や専門知識を知っている自分になりたい」という欲求であって、
それはネットやゲームだけの生活だけでは達成できないと信じているからこそだと思うんですよね。
だから、本そのものに興味があるわけではないので結果的には満足しないという。

もちろん、ゲームをやっているからこそ伸びる分野もあると思います。
それは例えば法則性を発見するための観察眼とか、さまざまなスパンに対応する集中力とか。
これらも無駄だとは思わないし、仕事で役に立っているという実感もあるのですが、
それを持っているだけでは満足できないという気持ちに、
年を経るごとに抗えなくなってきている気もします。
ゲーム関係のスキルを持っていても認められないことの方が多くなってきているのが
その原因なのでしょうが、
何にしても今更短所を伸ばしていくのも遅い気がするんですよね……。

こういうときに大抵、ゲームにしろ何にしろ、
思春期にもっと幅広く手を出していれば良かったのに、と過去の自分のせいにしたがるのも
自分のどうしようもない悪い癖なんだろうなぁ……。