#4479

凝り固まった文章


web制作


なんだか最近、ブログを書くときも日常生活の会話も
敢えて難しい言葉を選んで発信してしまう癖がついてしまっているように感じます。
何を持って「難しい」と判断するのかどうかもまた難しいところですが、
基本的に独りよがりの日記帳であれば、それは未来の自分が理解できる範囲でなら
難しい言葉を使うことに問題はないと考えています。
要は、伝えたい相手に理解してもらえればいいわけで、このブログの日記的側面において
最大の読み手は自分自身なのだから、よっぽど奇をてらった表現方法でないかぎり
自分が書いたことの意味を自分が理解できていないはずがないだろうと。

平易な言葉を選ばないということは個性の主張でもあり、
それを選ぶことで何らかの欲求が満たされているんだろうなぁとは思います。
自分は語彙力に絶対の自信があるわけではないのですが、
こうして書く作業を長らく続けていて、
比較的書く作業に積極的なときは、以前の記事と同じような表現を避けようとして
結果的に難しい言葉を選ぶこともあります。

ところが対人コミュニケーションの場面で難しい言葉を使うということは
相手に理解して欲しいという会話の前提をないがしろにしているということでもあるわけで、
それはどちらかというと相手を撹乱したい、煙に巻きたい、といった意図の方が強いんですよね。
ということが薄々分かっていても、どうしても相手を尊重できないとき、
あるいは自分自身の自己顕示欲が満たされなくてムシャクシャしているとき、
頭の中の言葉を選ぶ部分が他者視点から自分視点に切り替わってしまう瞬間があります。
それはある程度はコントロールできなくもないので、
例えば一通り言葉を連ねたあとで会話相手が怪訝そうな顔をしているのを見て、
しまったと思って慌てて他者視点にスイッチを切り替えることも間々あります。

が、最近はそのスイッチの切り替えにも疲れを感じてきているのか、
会社を通じていよいよ他人を尊重できなくなってしまっているのか、
まぁいいかと分かっていても難しい言葉を垂れ流してしまう場面がいくつかあり、
それがブログにも現れているような気がするんですよね。
これに気付いてから、ちょっと意図的に簡単な言葉で書いてみようと思ったとき、
無意識に書いているうちに固い文体になってしまっていて少し危機感を感じました。
もしかして自分はブログのせいである文体しか書けなくなっているのではないか、と。
“今日の出来事” も昔はこんなに固くは無かったんですけどね。
最近はかなり “独り言” 寄りになってしまっているような……。

そういうわけで、難しい言葉や固い表現を選んでいるうちに、
文章個性そのものが凝り固まってしまっているんじゃないかという危機感を感じる今日この頃です。
とはいえ、同じ場所でいきなり柔らかい文章に変わるのも抵抗が大きいし……。
いわゆる「物腰の柔らかい」文章ってどうやって体得するんだろう。

コメントを残す