#4489

淀んだ椅子


今日の出来事 自分


自分が社会人になって以来、休職期間を除けば最大級の休みとなるゴールデンウィーク。
それが目と鼻の先まで来た0日目の今日、直前まで自分の心を占拠していたもやもや感について、
一定の精算をするべく赤裸々に書き下していきたいと思います。
他人が読んでいることはまったく想定していないのであしからずご了承ください。
五年くらい経ったら半非公開にするかもしれません。少なくともそのつもりで書きます。

ここ数日ぐだぐだと書いていますが、ブログが明らかに低迷してからというもの、
どうも日々の生活、もといその大半を占拠している仕事について、
何とも言えない不安感を抱えていました。
いろんな理由はあるかと思いますが、一番の原因は今年の01月12日の件で生まれた
上司への失望感が徐々に募っていったことだと今は思っています。
とにかく現状の会社の非連携的な、
チームワークとはとても言えない個人主義スタイルには少なからず不満は抱えていました。
繁忙期であれば同じ気持ちを共有する人と関わり合うことも多かったし、
そもそも別の部署と違う部屋で自分たちのプロジェクト専用の部屋で終始仕事をしていたので、
ある意味ではそれが上司の目を盗んで愚痴れる部屋としても機能していたのだと思います。
しかしいっぽうで自分の中では確かに、チームワークを重んじない風潮が、
コミュニケーション能力のために無駄な神経を使わなくて済むので
その方が気楽でいいか、と思っていた節も否めません。

今月初頭、繁忙期が終わって自分は他の部署との共同オフィスに戻され、
しかも席が替わって何故か隣のチームのリーダーと向かい合わせの席に座らされました。
それ自体には多少不便を感じてもそこまでの不満は感じていなかったのですが、
目の前の人たちがまるで別世界の言葉で話している空気から来る疎外感は確かにありました。
その矢先に今月中旬、ある案件の追い込み作業のため自分は特別に遅番体制で出勤することになり
それが二週間ほど続いてようやく収束し、久々に朝の普通の時間に出勤すると、
いつの間にか全部署の合同朝礼という名の儀式が朝のスケジュールに組み込まれていました。
朝の挨拶のあと、甲高い声の上司はみんなの前でいきなり自分を名指しして、
今日の予定はどうかと訊いてきました。
今日の「自分の」予定なら当然答えられないはずもないわけで、淡々と答えるのですが、
「じゃあチーム全体の予定は?」
と訊いてくる上司の姿勢には、自分の意見を知りたいという欲求から来る言動というよりも、
それを否定したくて仕方が無い、
否定することでぽっかり空いた席に自分たちの思想を植え込みたい、
そんな下等な教師ともいうべき威圧感が、ほとんど確信に近い形で確かにありました。
基本的にこの会社では仕事自体が小粒な単位で入ってくることもあって、
担当者以外に仕事内容を周知しなくても場が回るし、むしろそうやって一人一人が特化しないと
とても効率を維持できないという事情もあり、毎日がそれぞれのタスクを把握はしていないし、
それは上司も含めて会社全体の風潮として根強くあります。
今年度の新方針としてその古い風潮を否定したいという上司よりも上の意向があったのか、
この日の朝礼は明らかに、自分が全体のタスクを把握していないことを暴露して、
それをサンプルに「みんな、こういうのはいけないことだから改善していこうね」
と言う流れに持っていきたいという空気がありました。
実際、初年度や二年目前期など今よりもさらに上司の制圧力が強かった頃は
そんな晒し上げは日常茶飯事であり、
ターゲットになった発言力の弱い人たちは去年の07月までに一人残らず辞めていきました。
それを背中からずっと見てきた自分はいつしか、上司の矛先が自分に向けられると
自分でも制御できないような拒絶反応を示すようになっていました。

それが本当に爆発したのがこの日の朝礼でした。
自分が「キレる」ことなど自分自身ですら想像していなかったし、
そんな事態に至るほど他人に解って欲しいと思う意欲もないだろうと漠然と思っていたのですが、
本当にそういう事態に陥るのは、そんな高次的な欲求なんて関係なかったようです。
ただただ社員全員に晒し上げにされている目の前の事実に不満だけがあり、
黙っていると悪化を辿る一方の状況になんとかして歯止めを掛けたいが、
まともに取り合っても無駄だからどうしようもない、
こちらも少なからず常軌を逸する必要があるだろう、そんな心理だったんじゃないかと思います。

その場は一旦収束しましたが、その後は一部を除いて急に他人の視線が怖くなってしまい、
ここ数日の何とも言えない不安感はおそらくそれが原因なのだろうと思っています。
反省はあっても弁解の機会は当然あるはずもなく、
「きっと反抗期の子どもみたいに見えたんだろうな」という気持ちが心の奥深くに刺さり、
何よりも今後ここに居続けても上手くいくとは思えませんでした。

そういうわけで上司、というよりそれを取り巻く会社の慣例や風潮に嫌気がさし、
今まではそれでも「他人に嫌な目で見られたくない」という気持ちの方が強くて
なんとか保っていたのが、度重なる入れ替わりによってその防波堤も破れつつあり、
ついに破れてしまったのが今週というわけです。
基本的に今日に至るまで他人からの自分への (表面上の) 接し方はほぼ変わっていないのですが、
とにかく巨大な「やってしまった感」によって他人の目を恐れる日々が続いていました。

また、例の旅行計画によって自分が以前よりも増して決断が出来なくなっていることを
否が応でも自覚せざるを得なかったこと、
前々から趣味系タスクが溜まる一方で今年に入ってからほとんど消化できていないこと、
そして何よりもここ最近、何かに夢中になれる機会が明らかに減っていることなど、
仕事以外の時間にも精神的に支障を来している状況を鑑みると、
もはや上司への不満も然り、この仕事によって精神的にリスクを背負っているのではないか、
という不安をも抱えるようになり、
実際にここ何日かは心療内科の受診を本気で検討していました。

しかし今週最後の出勤日も無事に終え、何事も無く帰宅すると、
これから10連休が始まるという解放感のおかげで少し傷が修復されたのか、
まだそこまで深刻に考えるほどの状況では無いな、というところに行き着きました。
これも結局のところ決断できない故の心の動きなのかもしれませんが、
10日間を過ごしているうちにある程度悪い空気を払拭できるのではないかという期待もあります。

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