#4522

対角線上の関心事


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ブログを長く続けていて思うことは様々ありますが、
その中に「他人の作品の感想を書くのは意外と難しい」というものがあります。
前々から散々思ってきた割にそういえばこのこと自体に言及したことはあまりなかったような。

自分が何らかの文章を書くとき、話題候補をあれこれと並べてみるわけですが、
その並べるための空間には確実に「書きやすさ」という物差しがあります。
それは関心の度合とか自尊心とかこだわりとかといったものとは無縁でありながら
しかし昔から確実にあり、書くことに対するスランプを感じるときというのは、
この物差しに逆らいたいけれど逆らうほどの気力が無いときであるような気がします。
おおまかに言って、書きやすい話題とは自分個人に係る事象、悩み事、あるいは愚痴等、
どちらかというと主観的でネガティブなもの。
書きにくい話題はその対偶で、要するに客観的でポジティブな話題。
いわゆる「レビュー」は、後者に含まれるべきだと自分は考えています。

何故どういう図式が出来るのかというと、
まず書く作業をする上でやっぱりどうしても気持ちに嘘はつけないというのが一点。
自分はある程度切り離して書ける方の人間だと思っていますが、
それでもやっぱり気持ちが平坦かそれ以下のときに楽しいことを探す行為は、
今の自分が抱えている問題点を再検索するよりもはるかに多くのエネルギーを必要とします。
もうひとつは、客観的事実に基づく記述は、良くも悪くも言い逃れできない点。

こんなことを書くと元も子もなくしてしまうかもしれませんが、
個人の公開日記というのは、
究極的には「現実のうち書きたいことだけを事実として書いた非現実」であり、
それは他者から見て本当かどうかを確かめるすべはありません。
だからといって現実とまったく異なることを事実として書いてしまうと、
それは日記としての機能性を完全に失ってしまうのですが、
ともあれ日記を書くという行為には多かれ少なかれ選り好みをする場面が必ずあり、
その際に執筆者は「どれを選んでも間違いにはならない」という安心感があります。
乱暴な言い方ですが、書いてしまえばそれが事実なのだと言うことができます。

いっぽう、他人の作品の感想などといった客観的な事象について書く場合、
「自分はこう思う」という書き方に対して基本的に正解はありません。
自分から見たらもっともなことを言っているつもりでも、
真逆の立場の人間からしてみれば「それはおかしい」と思われるかもしれないし、
自分だけがそれら情報をすべて掌握していない以上は、
常にそういう方向性の違いから出てくるすれ違いが発生する可能性があります。
作品が好きなら好きなほど書くにあたって「間違いたくない」という気持ちが強くなり、
そのためには時間をかけて読み込む必要があり、
気負った結果、書く前に力尽きるか飽きるかして結局書けない、
ということも今までやまほど繰り返してきました。

また、それとは関係無いですがもっと根本的な問題として、
広く知られた事象に対するありきたりな感想は自分がわざわざ書かなくても
ネット上の誰かが必ず書いているため、自分が必ずしも書かなければならない必要性を感じない、
という問題もまぁ無きにしも非ず。

一応このブログは、ことゲームに限り開設当時からレビュー的なものを載せてきましたが、
それはあくまでもゲームの上にある「自分個人のゲーム体験」に対する感想に過ぎず、
どちらかというと個人公開日記の範疇であるように思います。
ゲームの感想は書けるのに一般書籍や漫画、時事問題といった客観的事実になると手が止まる、
というのはもう前々からなんですが、多分原因は上に書いたようなことなんじゃないかなと。
この辺のしがらみを乗り越えて気兼ねなく何でも書けるようになれれば
またいろいろと見えてくるものが違ってきたりするんでしょうかね。

それはさておき今日は22時就寝08時起床と平日にもかかわらず10時間睡眠を確保し、
おかげでさすがに寝覚めは良かったです。
ただし朝の時間をいつもより余計に取れるというほどでもありませんでしたが。
帰宅後は『メテオス』5分タイムアタックをかなり粘っていたのですが自己ベ更新は成らず、
逃げるように久々に『ピクミン2』チャレンジモードにも手を出したのですが
こちらも結果的にはイマイチでした。
ただ単純に楽しめればそれでいいのに、つい実績を追い求めてしまう悪い癖……。
せめて目標をひとつに絞れるくらいの集中力が欲しい今日この頃です。

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