#4537

落書きの家と煌びやかな庭


web制作


自分は今年に入って以後、
ブログを変えたいという思いから12年目にしてようやく
他人のブログを参考にしよう、という意識が少なからず生まれました。
その結果、相変わらず一日1本縛りに苦しみながらも、
心の奥底ではブログそのものに対して見る目が徐々に変わりつつあることに気付きました。
大まかに言えば、それは「今後はなるべく日記系記事からの脱却をしたい」というもので、
今年一年間でその礎を作って行けたらと考えています。
今月初頭の作業はいわばその第一歩です。

どうもブログ界隈を眺めてみると、
いわゆるいまどきのブログと、自分がブログだと思ってやってきたこのブログとは
少なからず価値観のズレがあるように感じられます。
より分け入って表現すれば、2005年前後のブログブーム文化の最中に生まれたブログと、
それがある程度収束してから生まれてきたブログは根本的に異なるような印象があります。
以下、前者を大衆ブログ、後者を後発ブログと呼ぶことにします。
あくまで個人的にですが、大衆ブログはこんな特徴が見受けられます。

  【大衆ブログ=大衆が発信するブログ】
  ・2003年以前の個人サイト文化をある程度継承している
  ・web日記と称した日記系ブログが多い
  ・pv数や認知度よりもブログを通じて個人的な交流を深めることを目的としている
  ・あるいは、自分の表現のための拠点として用いている

いっぽう後発ブログの個人的なイメージはこんな感じ。

  【後発ブログ=大衆のためのブログ】
  ・いかに拡散され、より多くの人に認められるかに主眼を置いている
  ・製品レビュー、ニュース、まとめ、ライフハック等大衆好みのジャンルが非常に多い
  ・ブログ運営者としての個人的な意見を述べることはあまり重視しない
  ・自分の身の回りのことは書かない

要は2005年前後爆発的に数を増やしたブログというのは、
それぞれが自由気ままに発信することそのものが基本的なブログの設立目的である気がします。
「みんながやっているから自分もやってみた」という人も多かったでしょう。
つまり、その記事内容で他人に寄与したいという考えは基本的には無い。
言うまでもなくこのブログはそのタイプに当てはまります。
他方、後発ブログは基本的に発信することそのものは目的と言うよりは手段であり、
他人にとって得のする記事を書きたい (そしてそれによって自分の社会的地位を得たい)、
というのが主な設立理由になっているように見受けられます。
後発ブログを明らかに惰性的に、自主性無く運営しているブログは少ないように思います。
それぞれが個人メディアとして何らかの目的意識があって
(多くの場合は副収入のために) 躍起になって記事を書いている、というのが勝手なイメージです。

自分は何も進んでアフィリエイトを推進していくつもりはありません。
また、自分好みの分野をじぶんなりに束ねてアウトプットする機会は多少なりあるにしても、
キュレーション的な「まとめるだけ」のメディアに成り下がるつもりもありません。
過去二度、ブログ運営面で迷走した結果そっち方面に傾いていたこともありましたが
今回の改革意識はそれらとは違い、
何で後発ブログ的な記事を書きたいのかと思ったのかというと、
ただ単に大衆ブログ的な記事のアウトプットにさすがにそろそろ限界が見え始めたからです。
他者にとって有益な記事を書きたいというよりは、
従来型のスタンスではさすがにそろそろ話題の幅に制約があり、
それ自体が11年間という蓄積にそろそろ耐えかねているという危機感があるというのが
正直なところではあります。
もっと自由に書きたい。ぐだぐだと言い訳を連ねましたがそこに尽きるのではないかと。

しかしそれも意外と勇気が要るらしく。
カテゴリ再編から二週間経ったのにさっぱり変われていないという……。
どうしても過去はこうしてきたんだから、という変わりたくない意識が強いのと、
あとは従来方式のブログでまだ完全に精算しきっていないというもどかしさがあるんですよね。
相変わらず見切り発車が苦手な自分にうんざりします。

結局のところ、ブログに限らずああしたいこうしたいという妄想は無意味で、
変わらなきゃいけない場面に来ない限りは変われないのが自分の本質なのかなぁ、
と思う今日この頃です。

……日記系ブログの存在意義について考えてみるつもりがあらぬ脱線をしてしまいましたが。
まぁそれはまたの機会に考えるということで。

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