#4556

見えない仲間


空想


ここ十年で自分の周りのコンシューマーゲーム環境は大きく様変わりしましたが、
その中でも最も顕著なのはマルチプレイ参加のハードルが低くなったことだと思います。
もちろん十年前にもPCゲームにおいてはMMOなどといった形で
オンラインマルチプレイヤー対応のタイトルはあったわけですが、
任天堂ゲーム機は2005年の『Nintendo Wi-Fi Connection』でようやくネットと繋がり、
それも最初はゲーム毎に異なる12桁のフレンドコードを交換した人かランダムマッチのみで、
フレンドコードも文字通り (リアルの) 友人にだけ教える秘密の番号、という扱いでした。
しかしネットでは知らない人とも交流するためにフレコ交換掲示板なるものが乱立され、
自分もその潮流に巻かれた一人なので当時のことはよく覚えています。
あのときは確実に、ランダムマッチ以外で知らない人とオンラインで遊ぶことは
非常に特別な意味合いがありました。

しかしスマホゲーム台頭後は、知らない人と「とりあえず繋がってみる」のが当たり前になり、
コンシューマーゲームでもネット上でマッチングした相手と共闘するようなゲームが増え、
それをきっかけに気軽にフレンド申請……といったことも当たり前になりました。
さらにはそれでギルドを組んで定期的にオンラインで会うということも、
十年前は珍しくても今では小中学生でも割と普通にやっていることのように思います。
自分も2014年秋は『メルクストーリア』でそれは体験しているので、
ギルドを組んで狭いコミュニティの中で遊ぶ独特な楽しさは知っているつもりではあります。

ギルドやチームを組んでオンラインゲームというのは紛れもなく楽しいものではあるのですが、
しかし「自分の意志で抜けられない怖さ」があるのではないか、とも感じます。
自分の場合は自分が飽きるより先にギルマスが解散せざるを得ない現実での事情があったため、
飽きたのに辞められないという悩みをかかえることは少なかったわけですが、
見知らぬ人とチームを組むということは、そういう悩みをかかえる危険性も孕んでいるはずです。
こういう言い方をするとトゲがありますが、
ゲームによって所属するコミュニティ以外に人との関わりが薄い人ほど、
このタイトルには実はもう飽きているけれどこのチームから抜けたら孤独になってしまう……
という悩みはより深刻さを増すのではないかと。

ギルドやチームに所属することで、
自分がそれを本当にやりたいのかという遺志を無視せざるを得なくなったとしたら、
それはなかなか不幸なことなのではないかと今は思いますが、
実際その渦中にいると気付かなかったりするんですよね。
この辺の束縛感はなんというか仕事に似ているような気がします。
「仕事」と言うよりはもう少し軽めの「アルバイト」くらいのニュアンスが適当か。

まぁでも結局のところ他人に見て欲しくてやっているのは多くのゲームでも言えることで、
ゲーム内容そのものが自分に合っているかどうかよりも
そういう動機の方が重要なのかも。
なんかこういうことを考え出すとそもそも何のためにゲームしてるんだ、
というところに行き着いてしまってもやもやしますね。
見返りなんて求めてやるものでもないのにね。

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