#4613

連携以前の自己犠牲


会社内部の話はぼかし気味に書かざるを得ないのであまり書きたくないのですが、
ちょっと考えたいテーマに接近する出来事があったので備忘録がてら。

今の自分は下に2人目の後輩がいます。なにしろ役割分担の不明瞭な会社なので
何をもって「後輩」と言うのかすらハッキリと言えないもやもや感はありますが、
少なくとも自分が関わるというか主導(?)しているプロジェクトに関係する、
自分より後に入った人です。ちなみに1人目は以前 “独り言” で書いた通り辞めました。

昼休み、その後輩がたまたまいない席に立ち会っていたのですが、そこで年配の人たちから
「ちょっと (後輩を) 甘やかさせ過ぎているんじゃないの?」と言われました。
例えば、繁忙期のある日、自分がある時間までにある量の作業を後輩に頼んだとします。
そして伝えた時間になると終わりませんでしたごめんなさいと言ってきたとします。
こういうとき、どう返すべきかぐるぐると悩むのですが、
まず渡した作業量が作業時間に対して不相応だったかもしれない可能性があること、
そして、結局のところ自分が処理してしまった方が
全体の作業時間を抑えられるかもしれないなどなどの理由から、
大抵は残り分を引き取ってしまいます。そのパターンが傍から見て多すぎると言うのです。
こういうパターンに限らず、
最終的に作業実績を責められなかった方がしわ寄せするということは今までに山ほどありました。
それは自分と後輩という関係に限らず、
自分の部署と他の部署だったり、(すでに辞めた) 先輩社員と自分だったり、
あるいは自分とまったく関係無いところで見る場面もしばしば。
そして、必ずとは言い切れませんが、大抵「出来ないなら仕方ない」「時間ないしまた今度」
と言われ作業を免除された人が、
会社全体からの評判を徐々に落としていっているパターンが多いような気がします。

「叱ると嫌われる」というのは非常に短絡的な考え方なのでしょうが、
一人目の後輩が入ってからのことを思い返してみると、
確かに自分は目下との人間関係において「嫌われたくない」という作用が強いのは確かです。
嫌われたくないというより好かれたい、と言う方が適切か。
自分より先に入った会社側の人間に対してそういうことを意識することはあまりないのですが、
向こうから寄ってくる (寄らざるを得ない) 目下の場合、
止まり木のままコミュニケーションできるのが自分にとって心地良いので
それの関係性を壊したくないという気持ちが強いんでしょう。
前の後輩のことを書いたときに「依存されている」という表現を使ったのも、
そういう経緯があってのことです。

自分は今のところ「叱る」という行為は不条理で非効率で不必要だと思っていて、
その固定観念を崩すとっかかりが見えていないので、
今回のことも尻ぬぐいばかりしているのが良くないからといって、
叱るべきだとは思ってはいません。
ただ、もう少し突っぱねる勇気はこれから必要になってくるんじゃないかなとは思っています。
とりあえず、自分はここまで、あなたはここまでという線を思い切って引いてしまって、
向こう側のことを一通り責任を持って貰えるような説明が出来ればベターですかね。
そんな高度なコミュ力を持っていたらこんな苦労していないでしょうが。

そして、他人に教えるということに一通り思い耽っていると、
一周した辺りで「じゃあ、自分はどう思われているんだろうか」と
足下が気になったりするわけですが。
この二年ちょいのドタバタ劇を眺めていると、
なんというか「相手にもっとこうして欲しい」「自分はここまでしかできない」
というのを遠慮無く言い合うことができて
ようやくチームワークとしてのスタート地点に立てるんだろうなぁとつくづく思います。
さて、自分が本当に仕事のスタートを切るのはいつになることやら。