#4656

承認欲求白紙化作戦


マンネリな日課だけが手元に残った状態が長く続くとどこかで必ず行き詰まってしまう、
「何をやったらいいのか分からない」「何にも興味が湧かない」
「何をやってもきっと駄目だ」という憂鬱状態。
今回の五連休を抜けて久々にこれに陥ったような気がするので、
今度同様のことが起きたときのために自分なりのリセット方法をメモっておこうかと思います。

といっても自分はこういう症状の専門家ではないし、
あくまで自分の心は自分でコントロールしたいと思う行動の一環としてですが。

この日は04時就寝08時起床という週明け恒例の無茶な生活リズムだったため、
なおさら帰宅後何もやる気が起きませんでした。
どう頑張っても何も出来ないな、と思ったのでまずはいつもの作業環境であるPCの元を離れました。
何らかの作業をやらなきゃいけない、でもどれもやる気力が無い、でも……
というループに陥ったら、とりあえずそれをやりたくてもできない環境に移動してしまう。
自分はこういうときに大抵布団の中に逃げますが、
大学院時代は外出がひとつの逃避手段でもあったように思います。

何も出来ない環境に逃げ込んだら、
改めて自分を苦しめているものについて考え尽くすというのが数年前までの自己防衛策でしたが、
それだとますます自分の考えと現実との距離が開いてしまうということが最近分かったので、
まずは一旦、昨日までの自分を断ち切る方向に頭を持っていくように意識を向けます。
といっても念じているだけでそれを実践するのは難しいので、
最近の自分のやり方としては、まずスマホからEvernoteで新規メモを作成する画面を開きます。
タイトルは特に拘らずに日付のみとしておきます。
リストボタン (箇条書きモード) を押して、
あとは思いつく限りのやりたいこと、やらなければならないことといった思考を書き下していきます。
そこに「出来るかどうか」を考慮する必要はなく、ただひたすら「他に何かあったっけ?」
と潜在意識に問いかけていきます。すると、いくつか出たところでネタ切れになります。
ネタ切れになったら、今目の前の箇条書きがとりあえず思いつく限りの悩みのすべてだと考えます。
これだけでも場合によっては結構スッキリしたりします。
自分は最近、ブログに書けないような悩み事などはすべてこの方法でEvernoteに投げています。

やらなければならないことが複数ある場合、
例えばタスクAについて思い悩んでいるとき、タスクBについて具体的に考えることはできません。
でも頭をタスクBに切り替えると今度はタスクAのことが不安になってきます。
どちらが重要かという判断をしようにも、
同時に考え尽くすことは不可能なので判断のしようがありません。
これがただの仕事や世間一般的なことなら単純な論理判断や倫理観頼りでも事は進みますが、
自己満足の世界では自分の判断がすべてなのでそうもいきません。
二つのタスクを同時に考えられないほど顕在意識のメモリは非常に頼りないので、
何はともあれそれらを一覧化して俯瞰できる状況を作るのが大事なのだと思います。

やりたいことを箇条書きにしてみると
大抵はそれだけで他と比べて良く見えるものが見つかったりするのですが、
今回はもっと抜本的に頭の中を整理したいと思ったので、
それら箇条書きが「理想の自分に近付くためのもの」なのか「他人に認められるためのもの」
なのかをひとつずつ振り分けてみることにしました。

自分は今まで、いわゆる承認欲求というものは
他人に認められたい欲求のみを指す言葉だと勝手に思い込んでいたのですが、
人間性心理学の言うところによると、承認欲求は他人に認められたい欲求の他に、
理想の自分に近付きたい欲求というものもあるそうです。
そう聞いて改めて箇条書きを見直してみると、
確かにやりたいことリストの中には少なからず「これをやってみたい」という範囲を逸脱して、
「(将来的には) 自分はこうありたい」というような高次のタスクもあるように思えるいっぽう、
できそうだと思うものは
それをやることで喜んでくれるであろう人物を想定できるタスクが多いようにも思いました。
そして今回の箇条書きリストは、圧倒的に前者が多くを占めていました。

つまり冒頭に書いたような「何をやったらいいのか分からない」「何にも興味が湧かない」
「何をやってもきっと駄目だ」という状態の原因というものは、
理想にまみれた自己承認、「こうありたい」と思う欲求を
「やらなければならないこと」と無意識に変換して毎週のタスクに組み込んでしまったことで、
ハードルを無理矢理越えようとして連戦連敗した結果なんじゃないかと。
負け続ければそれに取り組む意欲が無くなるのも当然の話で。
また、自己承認の数に対する他者承認の数が圧倒的に不足しているために、
「他人に認められたからさらに上を目指す」
という本来のあるべき段階を踏めていないのも良くないのではないかとも思いました。

ただ、だからといって他者承認を満たすために他人との付き合いを増やすべきだ、
などという結論に持っていってしまうと、
それは自分一人ではかなり「どうしようもないこと」の類なので、
これはこれでまた別に悩ましいことではありますが、
そこまで行くともう単に頭にある悩みを顕在化してみるというような次元じゃなく、
どうやって社会と折り合いを付けていくかという人生観の話に繋がっていくようにも思うので、
今回はとりあえずそこまでは考えないことにしました。

ともあれ、今日は一日を犠牲にして気持ちのリセットを試みてみたところ、
珍しくそこそこスッキリできた日でした。
五連休の反省と今回のリセットが無気力状態から脱出する契機になってくれれば良いのですが。