#4683

携帯性という名の魔法


最近は週一くらいで通勤時にFMラジオを聴く習慣が復活しつつあるのですが、
そのラジオで「雨の日といえば誰でも憂鬱になるけど、子ども時代はそうじゃなかったよね」
というようなリスナーメッセージが読まれていて、
自分の「そうじゃなかった時期」っていつ頃なんだろうと少し思い馳せていました。

ざっと見積もっても中学時代以降にはもう雨の登校日=面倒くさいのイメージだったと思います。
相合い傘なんてそんな甘酸っぱい経験もありませんでした。
じゃあ小学校時代はどうだったのかというと、
小学校低学年時代は雨=特別な日みたいなイメージで結構はしゃいでいたような記憶があります。
中学年になって蛍光色で小さく折り畳んで専用のポーチにしまえるレインコートを与えられ、
普段はこんなに小さいのに広げれば全身を包み込めるという機能性にやたら惹かれ、
さらに高学年頃だったかに折り畳み傘をゲットして喜んでいたような。
こうして振り返ると雨そのものに惹かれていたのは本当に幼少期だけで、
あとは雨よりもその対策グッズに心を動かされていた感じですかね。
それも、雨対策というよりかは普段は折り畳んでおける携帯性の方が重要な気がする。

同じような感じで当時はアウトドアグッズにも憧れていたような記憶があります。
あいにく登山経験は無いのでそういうグッズは何一つ持っていないし
おそらく当面そういった機会も無いのでしょうが、
大分前に小学校のいわゆる自然の家で寝泊まりするイベントで一通り触る機会があって、
テント張りなどはそれはもうワクワクしたものです。
それら一切合切を持ち運んで移動できるっていうのがまた凄いですよね。

いつか、夏の祖父母家帰省はいつもの海ではなくてたまには山に行く機会があれば……
などと妄想しているうちにいつの間にか夏も帰省しない歳になってしまったわけですが、
アウトドアに限らず小学校時代のレインコートから続くこの嗜好は
ひとつの自分の心の傾向として大切に持っておきたいと改めて思った曇りの日の朝でした。