#4685

二者択一の社会


このところ本当に驚くようなニュースが多くて正直ついていけません。
一昨日は明治神宮で催されたイベントの木造アスレチックが突然燃え出すという悲劇が起こり、
昨日は博多駅前大通りで地下鉄工事の失策が原因で十数m規模の陥没事故。
そして今日は、2016年全体を象徴するであろうアメリカ大統領選がついに決着し、
ずーっと「まさかこんな人が」と言われ続けていたドナルド・トランプ氏がまさかの大逆転勝利。

ネットごとに日々つぶさにニュースを見ていると
毎年のように「今年はいろいろありすぎる」としみじみ感じるものですが、
今年は2010年台をざっと振り返ってみても、
2011年の次くらいには衝撃の大きい一年のように思います。
世界はこれから一体どうなるんだろう……。

米大統領選のことは、自分はそれについてとやかく言えるような素養は持ち合わせていないので
うかつにここであれこれ書くつもりはありませんが、
なんとなく2009年の日本の政権交代のような印象を強く持ちました。
ただあのときはマスメディアは新政権の味方をしているように見えましたが、
今回はそういう声はあまり聞かれないような気がするのは海外の話だからなのか。

既存の政治の在り方に強く不満を持つけれどこれまで声を上げてこなかった、
いわば下層階級の心を上手く掴んだのが今回の選挙戦だったのかなぁと思います。
今年に入ってから「民主主義の限界」などというキーワードを何度も目にしました。
ネット新聞テレビ等々を何不自由なく扱っている人が
メディアを通して感じている「一般大衆」というのは実は全体の何割かでしかなくて、
情報格差の大きな社会ほど、それ以外の比率が増えていくと。
そこにはマスメディアの力は及ばないし、ネットでは「これがみんなの意見!!」
と言わんばかりにいいねが押されている意見とのギャップだって発生しうるわけです。
だって彼らはネットなんて見ていないのですから。

……まぁ、今回のことは情報格差だけが原因というわけでもないのだろうし、
自分も知らないことも色々あるのでしょうが。
ただマスコミが煽りまくっているからかどうなのか、行く先が不安なのは確かだし
他国への影響力がとても大きいのも確かだと思います。

そんな風に時事問題も「こうなった経緯は何だろう?」という視点から見てみると、
驚くほど根の深い問題だったりして、どこどこまでも追求してしまうことが間々あります。
例えば先に挙げた木造アスレチック火災の問題だって、
ただ表面上だけを舐めていくだけでは「燃えた子どもが可哀想」「その親が可哀想」
という感想くらいしか出てこないかもしれませんが、
アスレチックを作ったのが大学生であり、イベント設営にあたって大人の監視が不十分だった、
という事実までを掘り下げていくと、例えば大学生は心の傷を負ってしまうんじゃないだろうかとか、
こういったイベントまで大学教員に監督責任を負わせるシステムはあるのだろうかとか、
そもそも大学生が負うべき責任はなんだろうかといったところまで視野が及ぶわけです。

個人的に、ニュースは表面だけ捉えると被害者側の立場でしか分からない事が多いと思うんですよね。
今回みたいな不可抗力・不本意の事故でも、
いかに被害者が悲惨な事故に遭い、
家族や関係者はどんな気持ちだったかということがまず取り沙汰されていて、
加害者側の視点は置き去りとは言いませんが二の次に回されることが多いような印象。
そして、そのせいなのかネットはどちらかというと情報不足になりがちな
加害者側の視点からの情報がよく浮上しがちのような気がします。
もちろん、事故の種類や状況や肩書きなどにも因りますが。

えーっと結局何が言いたいんだっけ。なんだか話を広げすぎて手に負えなくなってしまいましたが
とりあえずニュースに驚かされっぱなしな今日この頃です。