#4725

ひとりブレーンストーミング


今日はここ一年半くらいで定着しつつある、
自分なりの心のモヤモヤの取り方についての現時点のやり方についてざっくりと。

定期的に話題にしている自分用のアイデア蓄積ツールである着想メモですが、
常日頃からアイデアをメモろうと構えていても、
それを意識しすぎるとアイデアは出てこないし、
かといって意識せず完全にメモできる環境に居ないときに限ってアイデアが浮かんだりして、
結果としてアイデアを拾える率はそんなに高くないという悩みがありました。

アイデアを捻り出すための解決策として去年だったかに
「疑問文として着想メモも残す」という方法を考え着いたのですが、
これも形式的には目に見えて着想メモの機会が増えたわけではありませんでした。
その後疑問符付きのメモは増えているので一定の効果はあったとは思いますが。

ともあれ頭の中の様々なことをなるだけ省エネルギーで吐き出す方法は
さまざまに模索している段階なのですが、
たまにそれでも何か出力しきれていないアイデアの種みたいなものが頭の中に引っかかって、
書くほどではないほど些細なのに、気が付けばそればかり反芻していることが間々あります。
大抵それはアイデア未満の「こうなのかもしれない」という程度の不確かなものなんだけれど、
でも気持ちとしてはそれの収まりどころを見つけないと気になって仕方がない。
これは創作的なアイデアというよりは、実生活上の小さな懸念、不満、
あるいはやらなければならないと薄々感じている何かであることが多いような気がします。
何らかのアイデアであるならば、今まで何らかの理由で考えることを躊躇していたことであるとか。

そういった「種」は、着想メモという最小単位でも書くのには心理的ハードルがあります。
基本的にアイデアメモを書くという行為において、
自分はどこかで「結論」を重視してきた向きがあるのも
ハードルを上げる一員なのかなと思うのですが、とにかくそういった種となるものを
無防備に他のアイデアメモと一緒に吐き出すのはどうやら難しいらしい。

ということである日やってみてなんとなく上手くいったと思ったのが、「ひとり会議」でした。
別に一人でぶつぶつと何人ものキャストを演じるわけではありません。
やり方としては、入眠前のベッドの中でスマホを取り出し、メモアプリを開いて箇条書きモードにし、
とにかくひたすら「今考えていることリスト」を書き出します。
その際のルールは
(1) 論理的真偽や倫理的な正しさ、客観的な評価は一切気にせず率直な気持ちを重視する、
(2) とにかく突拍子も無いこと、思い切ったこと、切り込んだこと、独創的なことほど良い、
(3) なるべく沢山掘り下げて書いた方が良い、
(4) 箇条書きの直前に関連した思いつきをすべて書いたら次の事項を直後から書く、
の4点です。「入眠前のベッドの中」という他人の干渉しようがない環境が割と大事です。

これで「忘れたら勿体ないかもしれないけれどメモするほどではない程度の引っかかり」
になっている諸々の雑念や悩みの種やアイデア等を、この機会に一気に書き出してみます。
とりあえず書き出してしまえば無意味に忘れ去られることはありません。
数が溜まっているとそれだけでも結構安心感があります。
また、書き出すことで本当に自分が考えなければならなかったことが浮き彫りになることもあります。
同じことをぐるぐる考えていたけれど、根っこはそこじゃなかったんだなと思えば
なんとなく物事が進展したような気がしてこれも結構嬉しかったりします。
ちょっとした身の回りの整理作業を頭の中でもやってみよう、というようなものです。
散らかっていればいるほど効果は高いのだろうし、
逆に普段から理路整然としている人は必要ないのかもしれません。

自分がこれをいつから始めたのか明確な時期は出てきませんが、
上に書いたようなルール設定は大学院時代に「ブレーンストーミング」という言葉を知ってからです。
これは元々は多人数でアイデアを生産するための手法なんだそうです。
自分も昔はただメモするだけでも新鮮味があったので
「アイデア未満」も容赦無く書き残していったのですが、
メモの数が何百にもなるとメモ行為そのものをなるべく最小化しようという動きになり、
当然そこで「最初からごみになると分かっているアイデアは書かなくてもいいや」となり、
アイデアとそれ未満という線引きが生まれてしまいました。
結果的に無意識に「アイデア未満」が頭の中に溜まる一方になり、
試しにそれを吐き出してみたら思いの外スッキリしたと。

そういうわけで日頃から何でもかんでもメモする癖を付けておけば
こんなひとり会議も必要無いのかもしれませんが。
まぁこの辺はこれからも試行錯誤しきたいなと思っています。
頭がスッキリするに越したことはないですしね。