#4750

剥き出しの妄言


Twitterの某キュレーションサービスを見ていたら、
法人税減税よりも国立大授業料無償化の方がコスト的には軽いのに
前者は批判しなかった人たちが後者をやり玉に挙げているのは何故かというつぶやきに対して、
「大学の先生なんて好きなことをして緩やかな職場環境で稼げるのだから、
そこに対して一般民衆が税金投入することに消極的なのは当たり前」
「企業勤めは日々スーツを着て苦労しているのだから(法人税減税に対して)反感はないでしょ」
という論調の人に批判が集中しているのを見かけました。
まぁ言わんとしていることはなんとなく分かります。

法人税云々、国立大授業料無償化云々の話はここでは特に挙げませんが、
「個人にとって理解できる範囲しか世の中を認識しようとしない人は危険だ」
と言っている人がいて個人的にもこれがかなり刺さったので自戒を込めてリンクを張りました。

ここで問題になっているのは法人税率や学費ではなく、
「私の想像ではこう思う」という範疇の考えを、
さも世の中当然そういう考えが当たり前だと言わんばかりの文体で書いたことに
そもそもの問題があるのだと自分は思います。
大学教授は暇人ばかりだ、
ということを言いたいのなら本当にそうなのか確認する必要があるわけで。
同様に、社会人はみなスーツを着て上司に絞られ苦労をするのが果たして当たり前なのか?

でも、自分の言いたい事と反する事実をひとつずつ潰していく作業というのは、
実際かなり骨が折れます。
そして、なにげないTwitter上のつぶやきや日常会話においては、
その事実の裏取りをしたかどうかまでは細かく追求されないのが普通です。
乱暴に言えばネット人格なんて性別から学歴まで発言者の好きなように脚色することができます。
だから、そういったお互いに言っていることが真実かどうかを確認しないコミュニティに慣れると、
しばしば裏付け作業を省略して発言したくなりがちになります。

そうやって「まぁバレないだろう」と架空の出来事をでっち上げたり、
ちょっとだけ鯖を読んでみたり、事実を少しだけ着色して派手にしたりと、
事実の追求よりも自分の発言を目立たせることに夢中になっていると、
それらが瓦解して「あなたは嘘つきだったんだ」とレッテルを貼られたとき、
それはもうどうしようもないような事態になります。
これは妄想ではなく、自分の周りで実際にそういう目に遭った人がいたからなのですが、
しばしば自分も相手が事実を追求しているかどうかを読んで、
「これは鯖を読めるな」という空気を感じられる方の人間なので、
どうでもいいような相手次第では脚色してしまう場面が全くないわけでもなく……。

それが身内間の日常会話だけならいざ知らず、不特定多数が相手のネットメディアは
上の例に挙げたように事実無根の発言を許さない人たちというのはかならず存在するうえに
発言そのものは消さない限り残っているため、
いつ何時後ろ指を刺されるか分からない危険性があると言えます。
お茶の間のテレビで警察の不祥事を見たとき
「警察は暇でいいな」と言ってもそこに警察官がいなければなあなあに済まされるでしょうが、
同じことを交番の前でわざわざ言う人はいないでしょう。
ネットというのはその後者に当たる場所なんじゃないか、と改めて感じました。

なのでまぁ、自分も改めてブログに書く内容には気を付けようと思った次第です。
定期的に書いていますが、インプットがアウトプットに追いつかないと
妄想や空想に走りがちなんですよね、このブログも。最近これが特に多くて困っています。
だからひょんなことで批判の的にならないように、
妄想の類を書くときは「~だったらいいなぁ」「~と思う」調で書くなり、
直近の計画などそもそも既成事実を書くことを避けるなりして工夫してきたつもりですが、
愚痴系のアーカイブなどはおそらく守り切れていない部分もあるだろうし、
12年前当時からそのルールを徹底してきたのかと言われると微妙かも。