#4761

選択について


なんだかここ半年くらい、選択することの難しさをひしひしと感じています。
これも一種のうつ的な症状なのか、歳を重ねたことの弊害なのかはわかりませんが、
とにかく「ひとつを選んでそれに夢中になる」ということができない。
選択肢があまりにも多すぎると感じるんです。
一応一日単位の視点で見れば、そもそも同時にいくつもの物事に手を出すことはできないわけで、
そういう意味では迷い箸にも時間的な限界はあるのだと思うのですが、
例えばそうやってひとつのタスクを片付けているときにも、
常に頭の隅っこで別のタスクを放置してしまっていることが気になったりするんですよね。
それゆえに、集中力が保たない。
いま自分はこれを頑張っているんだ、という自覚がようやく芽生えてきても、
周りのコミュニティがふと隣の分野に注目が集まってくると、
「あ、やっぱりそっちに行こう」と他人の眼に翻弄されてしまうという現象もよくあります。
自分はゲームに関してはここ数年ピクミン一辺倒ということで安定しつつありますが、
複数タイトルのコミュニティを追いかけている人を見ると、
やっぱりどのコミュニティからも中途半端に見られているんだろうなぁという印象はありますね。
そういう人を非難するつもりは毛頭ないし、
そもそもそういう人はコミュニティに所属することそのものが目的だったりするし、
自分も他者承認欲求に振り回されていることがある点については否めません。

最近よく思うのですが、心になんとも言えず負荷を感じるとき、
行き場を失ってしまったようなもやもや感が
肺に一杯煙を溜め込んだかのような気持ち悪さとして心身に影響を与えるようになったとき、
その正体は「保留の数」なのではないかと思うんですよね。
あれもやりたい、でもこれもやりたい、という数が多すぎることが迷走の原因なのではないか。
その根源は自分自身の心配事だったり、周りに言いたくて言えないことだったり、
自己実現のために是非触れておきたい好きなものだったり、
もう決別したいと思っていることだったり。

そういうときにどのようにしてひとつずつ片付けていくか、
ということをいい加減学ばないと、この先生き残れないような気がするんですよね。
自分は自分で思っているよりインプット過多なのではないかということは
昨日分のエントリーで視点を変えて書きましたが、
選択できない悩みも結局はそこに行き着くのではないかと思います。

一極集中するために必要なことは、例えば前々からやっていることは
以前も書いた考えていることを一旦全部文字にしてみるというようなことだったり
(#4725「ひとりブレーンストーミング」2016年12月19日)、
あるいはそれに加えて順列を付けてみるといったことだったりするのですが、
自分自身に発破をかけるにはどうもそういった一人会議だけでは火力不足のような気がします。
ひとつのことに集中するためにはどうすれば良いか、という考え方よりも
いかにしてそれに纏わり付いてくる他のことを捨てていくか、
という考え方の方が大事なんでしょうかね……。この辺はもう少し試行錯誤する必要がありそう。