#4786

円卓で培われる力


今日の出来事 空想


おかしい。帰宅後すぐにブログ執筆するはずだったのにいつの間にかこんな時間という。
ちょっと残業するとすぐこれだ。
別にそこまで立て込んでいるわけではないのですが、
明日余計なタスクに時間を割きたくないので管轄外の雑務を全部終わらせようと思ったら
いつの間にか19時を過ぎていたという。まぁ今回ばかりはしょうがないですね。

残業しておいてこんなことを書くのもあれですが最近集中力の低下をひしひしと感じています。
効率化が進んで残業量がかなり減ってきた代わりに、
仕事を焦ってする必要がなくなってしまったので焦りたいときに焦れなくなったというか。
毎月の山場みたいなここぞというときは
まだ没頭していたなぁと実感するくらいには夢中になることはできるのですが、
恒常的に仕事を片付けては次、片付けては次、という風に急いで切り替えなくなり、
それに慣れつつある自分が少し恐いです。
これが積もり積もって本当に焦れなくなると待っているのは叱責を食らう日々なのではないか、と。

さて、たまには会社の話でもということで
今日はなんの気まぐれか議題自由のディスカッションをオフィス内全員参加ですることになり、
何故か初回の議長というか司会進行役に自分が指名されてしまったので、
金曜日と月曜日、そして今日の本番前まで延々とその脳内ミーティングを繰り返していました。
こういうことをするのも、思えば大学院時代の学部ゼミ以来か。
あのときの感覚を思い出しつつ、
ほとんどが年上しかいない相手に自分の知りたい質問を振りまくっていくという作戦で進めたら、
思いのほか受けが良く時間もぴったりで終われました。
テーマはコミュニケーション能力。
劣等感のために普段散々これについて考えていることが逆に功を奏したといった感じでした。
まぁ、二度は通用しないでしょうけど。

ディスカッションの司会進行って物凄い頭使うんだなぁと改めて感じました。
進行中はなんかもう首から上の発熱が凄かったですね。そこまで緊張していたつもりはないのですが。
誰よりも早く発言者の意図を読み取って
次に繋がる何かを見つけないといけないというプレッシャーは
少し前の自分であればパニクって閉口していたであろう高度なコミュニケーションですが、
今回はなんとか恥を捨てずにその辺の凝り固まった頭をほぐせた気がします。

大学院のときも、ゼミ生が1コマ丸ごと担当してあらかじめ参加者に題材となるものを読んでもらい、
それについて自由に発表したり質疑応答を繰り返すというものを定期的にやっていたのですが、
あれは今思えば考える訓練としても凄く有意義だったと思うし
(真面目に参加したとは言いがたいですが)、
もしかするとそれが社会人生活における自分のコミュ力の基盤になっているのかも。

これを学部時代からしっかりやっていればと思うんですけどねー。
まぁそんな風に時代を遡ってしまうといろんな意味で虚しいので止めておきましょう。

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