#4789

三時間目前の攻防


空想


もうかなり記憶が曖昧な、ゲームボーイ時代以前の思い出。
自分が小学校三年~四年生のときは、
中高学年は冬の間だけトランプやウノの類を持ってきても良い、という謎の学校ルールがありました。
豪雪地帯だから外に出て危険な目に遭われても困る、という意図だったのでしょうか。
当時の自分はそんな学校側の意図はつゆ知らず、冬だけはおおっぴらにインドアな遊びができるので
冬場はひそかに昼休みが楽しみになる季節でした。

自分の学校では学年に関わらず2限目と3限目との間は20分間の「ミニ昼休み」がありました。
当時どんな呼称だったのか覚えていませんが、
ともかくこのときだけは通常の休み時間の倍の時間があります。
とはいえ20分間となるとがっつり遊ぶこともできず、
そんな中でクラス内で密かに流行っていたのが『インディアンポーカー』というゲームでした。
これはまず山札からそれぞれ1枚ずつカードを取って、自分は見ないように額の部分に持ってきます。
自分のカードだけは見えませんが、相手全員のカードは見えるということになります。
取るカードは1枚のため基本的にはカードの数字での勝負。
勝ち負けよりもブラフを掛け合ったりしてふざけあうのが主な目的だったように思います。
これくらい単純だと20分休憩でも十分に盛り上がることができて、
そんな手軽さのおかげで流行っていたんじゃないかなと。

しかし、四年生になってからだったでしょうか、
ある日突然インディアンポーカーは忘れ去られる出来事がありました。
クラスメイトの数人がみんなの前で『大富豪』をやっていたのです。
ポケモン・遊戯王全盛期を迎える直前のこの時代、
一時は大富豪の強さがステータスになるような風潮さえあるくらいの流行りっぷりでした。
大富豪と言えばローカルルールの独自性が強く出るゲームですが、
あの当時から七年あまりが経ったニンテンドーDS『だれでもアソビ大全』で、
全国的にスタンダードであると思われるルールと
小学生時代のルールのギャップには驚いたものでした。
自分の小学生時代最初期のローカルルールはざっくり覚えている限りではこんな感じです。

  ・ゲーム開始後、最初に出すのはスペード3を持っている人
  ・上のルールがあるため、2に対してスペード3で返す「スペ3返し」は無し
  ・パスしたら流れるまで出すことはできない
  ・「都落ち (“大富豪”が負けたら問答無用で“大貧民”になるルール)」は無し
  ・シークエンスは“階段”と呼び、同色であれば2枚から出せる
  ・階段を出す場合、最小数以外の数字は被っても良い (例:3-4-5 に対して 4-5-6 が出せる)

いわゆる「8切り」は当初は無く、後になって転校生か誰かから聞いたルールだったと思いますが、
後期頃にはローカルルールとして受け入れられていました。
同色を3回出すとその色しか出せなくなるというルールは賛否両論でしたね……。
当初は「ハートロック」と呼ばれ、ハート3回以上のみ成立するというルールでしたが、
後期になって持ち込まれたルールともあって自分のクラスにはあまり浸透しませんでした。
階段で前の数字と被っても良いルールは、後々になって「出しやす過ぎる」ということで
禁止とする声の方が強かったように思います。

このあと間も無く遊戯王やゲームボーイが流行ったのと、
自分自身が五年生で(家庭の事情で)転校したため大富豪ブームも遠ざかってしまいましたが、
祖父母家帰省なんかでは中学時代前期くらいまでは必ず一度は遊んでいたように思います。
当然そのときも、親戚はさまざまな地方から集まるため
聞いたこともないローカルルールに驚くという場面がつきものでした。
上述の「ハートロック」も、自分はクラスで認識される前に親戚から聞いていたような記憶が。

先日も久々に『だれでもアソビ大全』を引っ張り出して遊んでみましたが、
本当にトランプゲームのうち『大富豪』だけは今でも色褪せないなぁ、としみじみ。

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