#4801

妄想博士


空想


長時間睡眠の何回目かに見た夢の中で自分が博士課程に進む夢がありました。
昨夜はとてつもない眠気に半ば嫌気がさしてしまったので20時半には床に就き、
平日にして丸半日はベッドの上で寝っ転がっていたことになるのですが、
どうもかなり睡眠は浅かったように思います。
くだんの夢も、覚醒状態中に今後のことをあれこれと妄想していることと無意識が見せる夢とが
まるで混ざり合ったかのような感覚でした。

博士課程に進むことが自分にとって適当な道だとは思っていません。
これは要するに「もう一度学生に戻りたい」をほんの少しだけ現実の方向に引き戻したに過ぎません。
でも冷静になって考えてみれば、「もう一度学生に戻りたい」という欲求というのは、
学生時代の良い側面を好意的に解釈して、それを羨んでいるに過ぎないんですよね。
果たして受験期や地獄の論文執筆をもう一度繰り返したいのか、という。
まぁ、広い目で見ても学生時代というのは
今改めて思えばいろんな意味で社会に特別扱いされるVIP待遇みたいな時代だったと思うし
それを羨む気持ちがすべて間違っているとは思いませんが、
しかしだからといってそのために最高学位を取りにいくのは何か間違っている気がします。
そもそも修論であれだけ苦しんで自分が研究者に向いていないと思い知らされたのに、
その茨の道に向かって踵を返すのはやはり馬鹿げているとは思います。

そんなVIP待遇をさておくとしても、しばしば大学に戻りたいと思っているのは、
学部時代と同じようなシチュエーションでまったく別の学部を選んでいたら面白かっただろうな、
という妄想が生み出した産物なのでしょう。
いろいろな分野を知るにつけ、「やっぱり自分の専攻はアレじゃなかったんだ」と思うし、
それを拡大解釈するとこんな風に
「(新しい分野を)がっつり学ぶ機会が欲しい」という気持ちになるのではないかと思います。
ただ昨今の自分の心の動きを見るに、
その「別の分野への興味」も1ヶ月すれば忘れてしまう程度の意欲である可能性が高く、
無理矢理実現したら取り返しのつかない事態に陥ってしまいそう。
がっつり知識を吸収する機会は欲しいと思ってはいるけれどハッキリとした像が掴めず、
そのぼんやりとしたイメージの拠り所に「大学へ戻る」という具体イメージを求めている感も否めず。

「社会人大学生」などという言葉もある通り、いちおう選択肢としてはあるようなんですが、
退職して学生になる場合は当然莫大な授業料、生活費などなどがかかってくるわけで
金銭コスト的にも生半可な決断では乗り越えるのは難しそうです。
あと大学院時代に学部向け講義の聴講生を体験したときでさえ、
周りとの世代間ギャップを感じずにはいられなかったのに、
それから数年も経ってしまった今、あの空気に果たして突っ込めるのかという問題も。

何かを学ぶコミュニティであれば大学に限定する必要も無い気がするのですが、
そんなところが社会人向けにあったりするんでしょうかね?

とにかく最近思うのは、会社ではいろいろと学ぶことはあるけれど、
それはやっぱり会社の為にある知識であって一般には通用しないことが多いんですよね。
技術的なことはともかくとして、それを除くと抽象的な精神論であることが多い。
精神的に未熟であるという自覚のある自分はそれを今まである程度受け入れてきましたが、
実はそれがすでに会社都合の考え方の練り込まれたものなのではないか、と最近思い始めています。
しかし、かといって会社以外から一般的・普遍的な何かを知る機会があまりにも少ない。
この辺に対する焦りが、もしかしたら冒頭に書いたような妄想に繋がっているのかも。

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