#4814

裏向きの評定


今日の出来事 自分


社会生活二年目くらいから、面と向かってあれこれとは言われないものの、
会社内での評価基準になるものに「倫理観」があるように思ってきました。
たとえば学校現場では模試や期末テストというのが生徒から見て共通の価値観です。
単純にいろんな教科をくまなくこなせる人こそが優秀、という。
その裏では教師が見た生徒の素行などを反映したいわゆる内申書というものがあったわけですが、
それはその存在がチラつかされるだけで中身は結局卒業後の今も未だ暗闇の中です。

社会現場でも基本的に表向きの評価と裏向きの評価があることは変わらないと思います。
渡された仕事をこなすために持っているノウハウと実現力が学校で言うところのテストの成績で、
それが優秀なら現場内では表面上は頼りにされるけれど、
それとはまったく分離したところで人間性というべきか、社会常識スキルというべきか、
その人のいわゆる倫理観が会社の求めるものを満たしているかどうかは
人事やら上司に逐一チェックされていると。

そして倫理観と業績、
どちらを重きに置くかはそのコミュニティで声の大きい人の影響が強く出るような気がします。
少なくとも自分が見てきた今の会社では、
自分のみならず会社全体で倫理観を伸ばすことを重視されてきました。
上の人間や声の大きい人間が具体的な技術の話をできないからそちらに偏りやすいのか、
あるいは単純に社内全体でコミュ力の無い人が多すぎるのか、
それとも求められる専門性が多岐にわたるので全体では抽象的なことを言わざるを得ないのか、
この偏りの原因になる部分が何なのかは分かりませんが、
とにかく全体での話し合いでは「挨拶をしっかりする」「日報は毎日出す」
といった社会常識がきちんとできているかを点検され、
まるで出来ている人が偉くて出来ていない人がダメ人間みたいに貶められる風潮さえあります。
あれは何なんだろう、本当に。

ここで言う倫理観というのは広い意味で捕らえればそれぞれが持つ人生観でもあると思うので、
例えば会社の中でさもこれが常識であるという風に
「こういうときは人としてこうするべきなんだよ」と言われたとしても、
なるべくならそこから一歩引く余裕を持ちたいと思っています。
「会社ではこういう常識が正しいことになっている」
というような視線で見ておきたいなと。まぁ会社側には良い印象は持たれないでしょうが。
会社というごく狭いコミュニティで植え付けられた常識を、
いつの間にか自分の人生訓かのように考えるようにはなってしまいたくないと思っていて、
少し悪印象を持たれるよりもそれに気付かない方がリスクは大きいと思うんですよね。

むろん雇う側はお金をかけて雇う以上、会社の常識に従うのも常識のひとつなのかもしれません。
が、それはあくまで会社の評価基準に過ぎないわけで、退勤後も同じ考えでいる必要は無く、
その辺の線引きは今後も模索していきたいと思っていることのひとつです。

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