#4816

自己満足の根元


自分


勤務時間中に「今日は最悪でもブログだけは書くぞ」
という思い込みが強いほど退勤後自由時間をぐだぐだと過ごしてしまいがちな昨今。
タスクスケジュールとの向き合い方はもうずっと試行錯誤を続けていますが、
どうも心理状態によってカッチリした計画を組んだときが良い場合と、
柔軟に組んでおいて当日の気分に任せた方が良い場合とがあるような気がしていて、
どうも一概にこれが正解だという断言ができない状況です。
そもそも計画は明文化するもの、という固定概念から離れてみるべきなんですかね……。

こういう、「べき論」の束縛感から脱出したいみたいな話を
去年くらいから繰り返し書いていて、
最近まではその初歩段階の答えとして自己承認だけで自分を高めるのは無理だから
他人に認められたいという欲求を上手く使うべきだということを言っていますが、
実際問題として何でもかんでもそれに頼られるほど他人との距離は短くないわけで、
その欲求を突き動かすためには他人に接近していく勇気が無いとどうしようもないし、
実現したところで今度はプライベートの少なさに悩むことになるのではないかと思うんですよね。

そもそも自分が「こうするべきだ」と思って設定しているタスクの数々は、
元々他人に認められたくて始めたものを認められないまま惰性で続けてきたものが多くて、
いつの間にかそれを自分のためだけのタスクだと思い込んでいるものが多いのかも。
このブログを含むアウトプット系作業も然り。
ただ今の自分そのものがやりたいという意志があってやっているというわけじゃない。
この辺の欲求のねじれというべきか、目的の混乱が日々の非充実の原因なんでしょうかね。
そもそも自己満足って何のために在るんだとか考え出すともうキリが無い。

あるいは、何の為にその行為をするのかということは
一人で考えすぎると悪い方向へ向かっていくという証左なのか。
……この問題はどうも記事一本分で答えは出そうにないのでこの辺で打ち切りますが、
ともかくいろいろな趣味の存続の理由が分からなくなってきて悩ましい今日この頃です。

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