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可視化される人間関係


ひょんなことでLINEグループを作るきっかけがありました。
イマドキの中高生は友人同士でこのグループを作ってコミュニケーションを取っているそうで、
それを聞くとある意味ガラケー世代に生まれたことは幸運だったのかもと思うことがあります。
何度か書きましたが自分は家庭の方針で携帯代は自己負担というルールがあり、
そのためガラケー文化に触れたのも高卒直前と当時にしても非常に遅い方でした。
そんな自分がもしスマホ時代に生まれていたら、
LINEグループでみんながわいわいしているのを指くわえて見ているしかなかったということで、
それは高校時代の自分に当てはめてみても恐ろしいことであるような気がします。
村八分される、とまでは行かないでしょうがそれに近い疎外感は感じるでしょうね……。
そう考えると、今は昔よりも家庭環境が学校の友人関係に及ぼす影響って大きくなっているのかも。
高額化の一途を辿るスマホを買って貰えない中高生なんて珍しくないでしょうし。
その辺の実態ってどうなんでしょう?

また、デジタルツールが「グループ」というものをハッキリ可視化してしまうのも
ある意味恐ろしいような気がします。
もしも高校三年生当時のクラスにLINEがあったら5~6組くらいのグループになっていたでしょうが、
LINEグループを作ってしまうことでグループ内のコミュニケーションが活発になる代わり、
「自分はあのグループではない」という自意識も助長してしまう気がします。
かといって綺麗にクラス全員同じグループに入るなんてことも考えにくいですし。
もしその辺が実現したらいつぞやの同窓会計画もすんなり実現していたんでしょうけどね。
それに行きたいかどうかはさておき。

やはりLINEをあまり活用していない側からするとリスクの方が大きいように映るのですが、
しかしもしLINEグループのある時代にスマホを持った学生であったならば、
逆に口下手である自分にとってはチャンスであるように思うんですよね。
書き言葉特化型の自分にとって、上手に使うことができれば
これほど周りに自分の気持ちを知ってもらうのに有用なツールもないだろうと。
まぁ当時のあの自己顕示欲制御不能な自分を鑑みると、
そんな便利なツールを手に入れたところでむしろ黒歴史行為を連発していた可能性もありますが。
なんかポエムとか呟いてグループタイムラインを凍り付かせてそうなイメージが……。

そう考えると結局自分はスマホ時代に生まれなかったことは幸運だと考えるべきなんでしょうか。