#4842

過去から逃げるための方策


備忘録 自分


ネガティブシンキングを避けるために最近ちょっと実践していることについてのメモ。

まずひとつめ。週間計画を立てる際、「できたらやる」「今週やらないとやばい」といった
計画に対する計画を立てる時点の評価というか正直な気持ちまでを可視化してみる。

従来方式のただ羅列するだけの計画方法は自分を追い詰めやすいということを最近体感しているので、
もう少し計画を神聖視しないようにしていきたい、
かといって計画そのものが不要というわけではないという悩みに対する回答。
今までにも「計画の重要度を無段階に分けて重要度順に並び替える」
「これだけはやらないといけないというタスクとそれ以外を二分化する」
といった方策はいろいろ試してきましたが定着したとは言い難く、
結局「計画を書く以上は実行しなければならない」という強迫観念からは逃れられませんでした。
最終的にそういった計画群はひとかたまりごとに全部ダメになるか、
あるいは全部実現できるかのどちらかにある傾向があるようです。
一覧化された時点でそれ全体がひとつの計画のように見えてしまうというか……。

なので書く際には「いちおうここに挙げておくけど今週かならずやらなければならないわけではない」
という気持ちをも書き残すことができれば、
少しでも計画段階と実行段階の気持ちのギャップを減らせるのではないかと。
とにかく最近の自分は思いついてから実行に移すまでのタイムラグがひどいので、
これでしばらく様子を見てあわよくば少しでも実生活が改善してくれればなと思います。

ふたつめ。物事にハマるという現象はその時代背景にたまたま合致しただけだと考える。
これはどちらかというと心の持ちようでまだ「実践」と言うほど具体的ではないのですが。
例えば昔やっていたこと、特にハマっていたようなことに再び着手しようとしてみるとして、
いざそれに近付いてみると思いのほか心が動かない。
「以前はあんなに大好きだったのに今の自分はそれを嫌いになってしまったのか」
などと一瞬焦り、かつてはそれを「飽きたんだから仕方ない」と慰めていたものですが、
飽きた、飽きていない、という判断基準はどうやら慰めにはならないみたいなんですね。
それどころか「飽きてしまった」という事実に少なからず後ろめたささえ感じてしまう。
飽きないうちにもっと突き詰めておけばよかった、というような後悔です。

だから、そうじゃなくて「あれはたまたまあの時代だから成功した」と思い返してみる。
これで迷い箸や優柔不断、あるいは中途半端思考から少しは離れられるのではないかなと。
そこから「だったら今の時代に沿う代替手段はなんだろう?」と考えられればしめたもの。
いわゆる過去信仰に傾倒しすぎないためにもこれはしばらく意識していきたいと思います。

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