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思い込みの探し方


大野裕『はじめての認知療法』(講談社現代新書、2011年)を読みました。

気持ちが沈んだとき、いかにその状態から脱出するかというのは難しい問題で、
自分はかれこれ数年、それについて悩み続けてきました。
最近のこのブログの主題といってもいいかもしれません。
そしてそれは考えれば考えるほど、一人ではどうしようもない問題のように思えてきました。
気持ちが浮き沈みすることは環境に因るもので、
基本的に環境というのは自分ではどうにもならない他者を指すものだと思ったからです。

本書で言う「認知(行動)療法」とは、そういった心の沈んだ状態(=抑うつ)の原因を、
自分自身の現実に対する捉え方(=言語化された思考=認知)が歪んでいることと捉え、
環境ではなくまず「自分」が行動を変えることによってそれを是正しようとする治療法です。
心が慢性的に沈んで一切のやる気を失ってしまう「うつ病」という病気は
脳内にある神経伝達物質の不足が原因であると言われています。
感情的に考えることを物理的に抑制されてしまうために同じような悲観的なことを延々と反芻したり、
物事を楽しめなくなったり、一日中眠くなったり、疲労感が増してしまったりします。
多少語弊があるかもしれませんが、
ざっくり言えば感情に必要な神経伝達物質の「貧血」みたいなものだと自分は解釈しています。
ですからセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質を投薬によって補充することによって、
抑うつ状態は改善されると言われています。

そういった薬物療法と同等かそれ以上に効果があると言われているのが認知療法です。
認知療法では薬は使わず、先述の通り行動を変えることによって認知のゆがみを自覚し、
それを自分で是正できるような柔軟な考え方を習得することを目的にしています。
本書はそんな認知療法について解説するとともに、本書だけで実践できるよう設計された入門書です。

*  *  *

ある体験をしたときに瞬間的に思い浮かぶ「表層的な考え」を自動思考と呼び、
これをまず認識することが認知療法の第一歩となります。
例えばある友人にメールを送ったとして、その返信がなかなか来なかったとします。
その時に「自分は嫌われたかもしれない」と考えたとします。
すると、その友人との関係が終わってしまうかもしれないと不安になるし、
不安を抱えた状態で会う機会があったとしてもこちらから声を掛けづらくなるかもしれない。
「自分は嫌われたかもしれない」という思い込みが、友人関係に対する不安にまで及び、
そしてその不安が行動を抑制することになります。

現実(メールが来ない)→認知(嫌われた?)→不安(関係が終わるかも)→行動抑制
と段階的に状況を切り分けたとき、その根幹である思い込みを「自動思考」と呼びます。
書き出してみると何気ない一連の出来事のように感じられますが、
通常「自分は嫌われたかもしれない」というような自動思考は文字通り自動的に浮かんでくるので、
意識しなければその人自身がそれに対して疑問を持つことはありません。
自動思考にはさまざまな種類があり、上に挙げた「決めつけ」の他にも、
白黒ハッキリさせたがる、こうするべきだ、こうしなければならないと考える(べき論)、
深読みしすぎる、先読みしすぎる、といった傾向があります。

現実的には、メールの返信が遅いからといって嫌われてしまったとは限りません。
たまたま携帯を見ていないのかもしれないし、他にもあらゆる可能性があるわけです。
しかし抑うつ的な状態に陥っていると、しばしば推測が悲観的な方向に傾きがちです。
嫌われてしまったと決めつけて、自分自身で負のスパイラルに身を預けようとしてしまいます。

認知療法では、まずこの「自動思考」が自分にとっての思い込みの世界で完結していないか、
現実と比して無理のある考え方ではないか点検できるようになることを目指します。
「もうダメだ」と諦める前にまず、本当にそれが妥当かどうか考える機会を一度挟んでみることで、
自動思考によって歪んでいるかもしれない考え方を是正できる可能性が生まれます。

また抑うつ状態は精神的な問題であり、認知療法は新しい考え方を体得することを目指すものですが、
著者はそのためにもできる限り「行動してみる」ことを強く勧めています。
考え方を変えるためとはいえあれこれと空想することは
結局思い込みの領域から抜け出せないこともあり、そこから脱するための手っ取り早い方法が、
「『良かった』と思うことを肌で感じること」だと言うのです。

例えば、そのために一日の行動リストを作って
どういうときに良い気持ちになったかどうか、という視点で自己評価(点数化)してみる。
またはやってみたいことリストを作って、優先順位をつけ無理のない範囲から実践してみる。
というふうに、考えていることを「紙に書き出してみる」という行為によって、
自分を客観視できるようになり、また自分自身の率直な状況が浮かび上がってきます。
抑うつ状態で何もやる気がないと、何かをやった結果良いことがあった、という体験が減るため、
脳がそれを感じ取る神経回路(報酬系)が衰えていくと言われています。
出来る範囲から少しずつ行動することによって、ともかく報酬系を刺激することが重要です。
また著者は「コラム法」という手法によって
行動の結果どういったことを感じたのかを紙に書き出すことで
認知のゆがみを発見する方法も紹介しています。
いずれにせよ、自動思考に気付くためには客観的な視点を獲得することがまず重要ですが、
それを簡単に実践できるのが意外にも「紙に書き出してみる」ということのようです。

自動思考が自己の考え方の表層的なものであるのに対して、
自分自身の考え方の癖そのものであり、より深層的な認知のゆがみは「スキーマ」と呼ばれます。
その人自身が心の奥底で確信している信念のようなもので、
いわば自動思考の根源になるものです。
「なるようになる」「問題を解決できる自信がある」といった前向きなスキーマもあれば、
逆に行動抑制や失敗の原因たり得るものもあり、後者を本書では後ろ向きスキーマと呼んでいます。
後ろ向きスキーマにはいくつか類型があり、
「人に助けを求めるのは弱い人間である」「人生は成功しなければ意味が無い」
「他者に認められなければ幸せにはなれない」「いつも幸せでなくてはならない」
「自分の考えは(他者の何よりも)大事である」などといったものがあります。
こういった後ろ向きスキーマを持っていると、
例えば人に助けを求められなくなったり、自分自身の失敗を許せなくなったり、
他者と協調できなくなったりしてしまうようになります。

スキーマとは自分の生き方そのものの傾向であるため、自分一人で気付くには困難が伴います。
しかし自動思考を捉えることによって、それを手がかりにスキーマにも気付けることがあります。
例えば「いつも同じ考えをするが、それに法則性はあるのだろうか?」と考えてみるのです。
また、さまざまな対象を置いて自分がそれに対してどう考えているかを検討する方法もあります。
例えば世界に対して、身近な他人一般に対して、あるいは自分に対して、
自分自身はそれらをどういう風に捉えているのかをもう一度考え直してみます。
著者はここでもまず書き出してみることを強く勧めています。

本書ではスキーマを是正するための行動を「スキーマへの挑戦」という表現を用いています。
例えば自分は完璧主義であり、「何事も完璧の状態で仕上げなければならない」
というスキーマを持っていると思ったならば、
あえてそのスキーマに反する行動を起こして、自分自身の気持ちの変化を観察してみます。
後ろ向きスキーマはしばしば自分自身に対して命令的ですが、
本当にそれが正しいのかどうかを、敢えて命令に反することで実証するのです。
完璧主義も悪いとは限りませんが、それが実現できるかどうかは状態や環境にも因るものです。
「どんなときでも完璧でなければならない」という思い込みは非現実的なものであり、
実現できない自分を苦しめるだけですが、それに反することで
「頑張れるときだけ完璧を追求しよう」という考え方に変えることができるようになります。
認知療法はこのように、自分自身の考え方そのものを変えるのではなく、
考え方に「しなやかさ」を持たせることで行動を促進することを最終的な目標としているのです。

*  *  *

何度も読み込む時間もなかったので若干自分なりの推測が入り交じっているかもしれませんが、
全体としてはこんな感じのことが書いてありました。
他にも、睡眠と抑うつとの関連や人間関係と抑うつとの関連も取り上げられており、
特に後者は「アサーション(自分と相手を大切にする表現技法)」についての解説もあり、
コミュニケーション能力に悩む自分にとってはありがたい話でしたが
「認知療法とは何か」という主題からは若干逸れるのでここでは割愛とさせていただきました。
とはいえ、抑うつの大半の原因は人間関係であり、
その根幹がコミュニケーションであるため決して無視できない要素ではあるのですが……。

自分自身、こうしてブログを通じて長く自己分析を続けていることもあって、
まず書き出してみるということの大事さは身に染みて分かっているつもりでしたが、
本書では書き出したあとの実践方法まで書かれていてなかなか為になりました。
また自分はかなり完璧主義に近いところがあると思うのですが、
だからといってそれをどう是正すればいいのか、
それ自体が良いものなのか悪いものなのかというのは今までずっと計りかねていました。
だから、まずそれに逆らってみるという本書の提案のおかげで、
ああ、そういう方法も「アリ」なんだなと安心できたのは収穫だったのかなと。

また本書ではある考え方を指して「良い」「悪い」という物差しでは決して呼んでいません。
スキーマの分類についても、あくまでも「前向きスキーマ」「後ろ向きスキーマ」という分類で、
後者を悪者にはしていませんし、そもそも抑うつ的な考え方そのものがダメというわけではない、
ということを全編を通じて繰り返し書かれています。
あなたの考え方を変えなければならない、というわけではない、と。
こういう考え方に対する捉え方が、しなやかな考え方を獲得するための第一歩なのかもしれません。
認知療法は一般的にはうつ病など精神疾患に対する心理療法のひとつなのかもしれませんが、
個人的には人生観を考えるにあたっての補助的なものとして、
もっと広く使われても良いのではないかと思いました。例えば高校の授業に組み込んでみるとか。

あとは基本的に平日は仕事に追われている類の人間としては、
自分の心理状態に何か問題があると薄々感じてきても
時間的制約からカウンセリングの類にお世話になるのにハードルが高いという事情があります。
そのため本書を通じて薬物療法と同等の効力があるとされる心理療法があり、
しかもそれを一人でも実践できるということを知ったのは純粋に心強く思いました。
自分も相当に思い込みが激しい方だとは思っているので、
たまには本書を読み返すなどして、自分で自分の心理状態を計れるようになれればいいなぁと。