#4877

忘却のための取捨選択


空想


自分が何と言って言われたのか忘れてしまいましたが、
以前会社の同僚に「ものを忘れるのも必要なことだよ」というのを遠回しに言われて、
そう言われれば確かに自分はむしろ忘れるのが苦手なのかもな、と思ったことを思い出しました。
多分、その時の自分はネガティブな思い出を口走ったんでしょう。

ヒトの記憶する力には多少なり個体差がありますが、
何を記憶するかという取捨選択には人によってさらに振れ幅が大きくなります。
そしてその取捨選択をする基準になるのが、好奇心、人生観、
あるいはいっときの感情、そして精神状態といったものに左右されることになります。
つまり、同じ人でもその時々によって同じ情報を得ても記憶するものは違うことになると。
えてしてネガティブなことを覚えていて、逆にポジティブなことを覚えていない場合。
あるいはネガティブなことはすぐ忘れて、逆にポジティブなことは覚えていられる場合。
思えば、そんなちょっとした傾向の違いで頭の中に蓄積するものもも大分変わってくるよなと。
ひいてはそれが性格と呼ばれるものを形作っているのだと思うと、
記憶や忘却というものも改めて人生観を考えるのに大事なものなんだなと思うわけですが。

自分は同僚にああ言われたということは、日頃から比較的ネガティブな比率が高い方なんでしょう。
ブログを日課として書いていると本当につくづく感じることですが、
何も考えずに思っていることを吐き出すと、自然とネガティブな方が出てきがちです。
反対にポジティブな物事を書き残すのは気力が要ります。
これは改めて考えてみると、頭の中に入り込んでいる情報の割合の違いなのかもなと。
ポジティブなことはポジティブでないと書けないといった感情論では片付かないように思います。
こんなことを書くのもアレですが、その場の感情程度ならいくらでもごまかして書くことはできます。

ポジティブに記憶する機会がネガティブに記憶することによって阻害されているのだとしたら、
それはぜひとも是正してみたいと思いますが、
しかしかといってネガティブな記憶というのは往々にして反省材料になり、
むしろ自分はネガティブな記憶をいかに反省するかという思考に多くを費やしてきたように思います。
だから、そのバランスを今更崩していいのかという懸念もあるわけです。

まぁでもちょっと意識してポジティブなことを覚えようとする姿勢を維持してみたら、
何か見えてくる景色が変わってくるかもしれませんね。
問題はそれをどうやって言葉で説明して自分を納得させるかですが。
とりあえず自分は物事を忘れたいと思って忘れられるほど器用ではないと思っているので、
忘れる努力よりも、その辺の取捨選択について考えていきたいところです。

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