#4878

創作未満現実以上


自分


ふと、ブログネタリストを眺めていてふと思ったこと。
ブログネタを絞り出すのに必要なものって、
ネタそのものじゃなくて一覧性に優れる「ネタになりうるネタ以前の何か」なのではないか、と。
これは非常に説明が面倒くさいのですが、
例えば“今日の出来事”系のネタを蓄積するときは、
自分にとって書くに足ると感じた出来事そのものを書きます。
『子ども時代以来十数年ぶりに見たアリの行列』といったように。
帰宅後、文字に起こすときはああそういえばそんなことがあったな、などと思いながらも、
そのネタに肉付けしていくわけです。
こんな実直なやり方をそのまま使うことも実はあまり多くはないのですが、
基本的に「日記のネタを書き留める」というのはこういうことを指すのではないでしょうか。

しかし、この方法を実践してしばらくして気付いたのですが、
たいていの場合、今日話題にしたいことというのはいちいちメモらなくても覚えているもので、
それに気付いてからは今日の出来事そのものをメモとして残すことはぐっと減りました。
それでもブログのための着想メモを止めないのは、
「話題にしたいこと」が思い浮かばなかったときの助けになってほしいからに他なりません。

ところがメモの内容が具体的すぎると、
それはたいてい普遍的なものではなくて、「メモした当時」にしか通用しない話だったりします。
上述の例で言えば、アリの行列を見たその日ならまあ“今日の出来事”としてはアリですが、
何日も経ってから使うとなると心理的なハードルはぐっと上がるんですよね。
それを今更話題にするほどの価値がそれ自身に果たしてあるのか、
というフィルタリングがどうしてもかかってしまう。

だからといって抽象的だったりピンポイントすぎたりするのも少し考え物です。
仮に着想メモに「アリ」とだけ書いて送信しておいたとしましょう。
後日、話題を求めてリストを見に行ったとき、そのアリは果たして有用なのか。
社会性動物の代表的なハチ目の節足動物で云々、という説明はWikipediaでも見て貰えば済むことで、
それ自体は自分が書き起こす目的ではなく、
むしろそこから繋がる尾鰭や蛇足こそがこのブログのアイデンティティー(?)であるわけです。
なので「アリ」だけだと困る。けれど「今日はアリの行列を久々に見た」では具体的すぎる。
そのどちらでもない、もう少し消費期限の長いテーマってどうやって考えればいいんだろう?
いつぞやにやろうとしてすぐ断念した、疑問文を書き残すというのがそれに近いんでしょうかね。

独創性を追い求めたいという点ではブログも自分が考えているより創作的なのかもしれません。
あくまでもブログはブログなので本当の創作とは一定の銭を引きたいところですが、
「創作未満現実以上」という感覚がアイデアを捻りだす際のひとつのヒントになるのかも……?

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