#4926

慣習を捨て去りたい


今、およそ九年ぶりに今度こそブログを辞めようかなということを考えているので、
不格好ですがそれについて思うことを当のブログに適当に書き散らしていきたいと思います。

このブログは二代目からの引き継いでいる分を合わせると今年で13年目、
先代の設立日まで遡れば自分がブログそのものをはじめてから14年目ということになります。
中学生だった自分はいつの間にか社会人になり、
一口に「いろいろ」と言っても本当にさまざまなことがありましたが、
このブログ自体は2004年の二代目設立以降、
一日一本書くという制約の中でさまざまに形を変えてなんとかやってきました。

当初は「日記」という意識が強かったので
その日のうちに投稿することにもある程度こだわりがあったのですが、
2011年03月の大学院入学をきっかけにブログモチベ低下とリアル多忙が一気に重なったとき、
大学受験のときさえ感じなかった「ブログどころではない」事態に初めて見舞われました。
あれが発端となって、リアル多忙等の理由があれば執筆は最長二ヶ月以内であれば後日でも良い、
とする後日投稿ルールを解禁して、
以降は基本的にそのルール以前の時代に戻ることもなく、
タスクという名の借金をやり繰りして今に至ります。
……と、ここまではブログをやっていくのが難しくなるたびに
言い訳のように繰り返し書いてきました。問題はここからです。

2016年から顕著になったと思うのですが、
以前のように深夜残業が発生するような超多忙でもないにもかかわらず、
平日の当日内に書ける確率がぐっと減りました。
時間、睡眠、ストレス、他のタスクなどなど考えられる生活面の原因は様々ありますが、
「時間があるのに書けない」ということがこれだけ慢性的に続くのは今が最悪だと思います。
投稿待ちエントリー数こそ少ないですが、これは平日に書けない分を休日に回しているに過ぎません。
休日に平日分を負担するときは絞り出すように書いているようなところもあり、
これが正直言って精神的にも時間的にも多くの負担になっていることは否めません。
以前、2014年度繁忙期に丸三週間投稿できなかったときもさすがにブログの終焉を考えましたが、
今回のこれは三年前のそれとはまた違う圧迫感や危機感があります。

それで原因というのを少し考えてみたのですが、
まずひとつめは自分自身の物事の捉え方の歪みが今年に入ってみるみる深刻化していて、
そのせいで書ける話題がことごとく限定的・否定的になってしまっていること。
是非とも文章化してみたい「話題そのもの」は手元にいくつもあるのですが、
それに自分の視点を乗せて実際に書き始めることができない、いわば書きたいのに書けない状態。
単純にアウトプット欲の枯渇なら時間が解決してくれそうなものですが、
今年がはじまってからで数えてももうそろそろ半年になるため、
どうも単純に書きたいという欲そのものの問題ではないように思っています。

むろん、いろいろなことを書きすぎて話題が限定されてきたというのはあると思います。
単純に考えて、全角800万文字も書いていれば書き尽くした話題があるのも当たり前で、
繰り返しに飽きてしまうことがあっても不思議ではありません。
上述のことも、そういった繰り返しがあったからこそ話題が片手間で書くには高度になりすぎて、
事前にちゃんと調べないと書けないようなことが増えてきたからというのもあるかもしれません。
だからこそ、最近はそういった具体的客観的事物に言及できないので、
調べもの不要な自分自身の心理分析系の話題に逃げる傾向がありました。
この辺は本当に残酷なくらい、学生時代の勉強量がものを言っているような気がします。
不勉強なほど話題は徐々に狭まるし、根拠に乏しいので表現は曖昧になる。
今はネットがあるので書く前にある程度付け焼き刃の調べ学習ができますが、
都度調べてから書くというのはやはり効率的にも限界があるし、
それ自体がルーチンと化したところで「自分の」ブログとしては意義が薄いわけです。
知識が自分のアイデンティティーになってこそアウトプット作業にも箔が付くもので、
付け焼き刃を晒したところで、自分自身を表現したという実感は薄いというのが実情です。

ふたつめはシンプルに書くことを自分が楽しめなくなってきたから、なのではないかと。
この一年ほど、従来からの執筆スタイルを超えた何かを書きたいと随所で書いていて、
実際にカテゴリ再編成などそのための準備もいろいろやってきていますが、
結局今日まで新しいスタイルは定着できずにいます。
新しいことに挑戦するというのはそれなりの精神力を必要とするし、
それが曲がりなりにも自分史の多くを占めるような礎の真上に置くような物事であれば、
どうやっても「従来型は越えたい」というプレッシャーのようなものを拭うことができません。
しかしブログを日課として捉えたとき、なるべく長くやっていこうとするならば
一本当たりの執筆に使う消費エネルギーは少ないに越したことはありません。
365日いつでもやる気に満ちあふれているなどということはあり得ないからです。
それ故に、新しいことをするにはエネルギーが要る、
しかし新しいことを継続するためには従来通り省エネルギーでなくてはならない、
という矛盾を抱えることになるわけです。

ある意味2011年以降は、その省エネルギーの方を徹底重視してきたからこそ、
多忙の中でもなんだかんだでなんとかなったのだと思います。
しかし果たしてそういったスタンスで書く体験をするとき、
自分は書くことそのものを楽しんでこれただろうか、と思うと、正直肯定しがたいです。
なまじ累積があるだけに、新規分の記事も投稿してしまえば4900分の1にしか過ぎないわけで、
なおさら記事内容に対して「心を込めよう」とする意識が希薄だったかもしれません。
省エネルギー重視で書いた記事には「書き切った」という達成感が生まれず、
ただただ「今日も投稿できなかった」という日課の債務感だけが強く主張するようになります。

こうやって書き出してみた原因を俯瞰してみると、
全体としてはブログを書くことに対する報酬(達成感)よりも
支払う対価(時間・ストレス)が多くなり、
精神的な赤字が長く続いてきたことでうんざりしてしまったのではないかなと思いました。
ブログ存続に必要なのは社会人時代突入以来の省エネルギー方針を辞めて、
一度全力でブログ記事執筆に取り組んでみて
少しでもいいから達成感を味わってみること、なのかもしれません。
ひとつめの問題は精神的な落ち込みも関係しているので独力で解決するのは難しいですが、
ふたつめの問題は時間的制約を克服すればいい話なので、そこまで無茶ではないとは思います。
ただ現実問題として、省エネルギーで六年間やってきてモチベが最底辺まで落ちたこの状況で、
果たして本腰入れて執筆することができるのか、
そしてそれを書くことで本当に心は満たされるのかという問題もありますが。
そもそもそれに沿う話題ってなんだろう?
あと全力でもなく省エネルギーでもない書き方の方策として、
もっとブログを脳内情報そのままの状態で出してみるというのもアリかなとも思いました。
これは先日分の記事書いた「より良い保留」的な考え方の、
ブログ執筆面での実践になるのではないかと思います。

何にせよ、その辺の心理的な収支をもう少し意識していけたらいいなと。
今まで、ブログは30日未投稿がない限りは辞めないと宣言してきましたが、
今後はこの辺の問題が一向に解決せずブログが生活を圧迫し続ける場合、
後日投稿問題の破綻を待たずして見限ることも少し視野に入れたいと思います。

なんというか、そろそろ最初期のように「まあ辞めると思わない限り続けることになるだろう」
と他人事のようには考えていられなくなってきた気がする今日この頃。
冒頭に「辞めるかも」と書きましたが、
今の段階では自分に鞭打ち頑張ることになるのか、それも今の精神では無理だろうと諦めるのか、
どちらに転ぶのかはまだ何とも言えません。
今期で終わるかもしれないし、15年、20年などキリのいいところで終わるかもしれないし、
結局今まで通りで落ち着くことになるかもしれません。
が、どちらにしても最後はなるべく綺麗に終わらせたいと思っているので、
その日までもう少しお付き合い頂ければと思います。