#4936

最低限の義務感


さて二連休も終わり。
開始時に決めた「これだけは」という最低線はなんとかクリアしたとは言えるものの、
二連休にしてはこんなものかというような、とても二連休相当の充実感にはほど遠いこの感覚。
ふと思ったんですが、自分の言う「二連休相当の充実感」ってどこに基準があるんだろう。
ここでいう充実感というのは、
ある程度「枠を外れた何か」をクリアすることで得られるものと考えたとき、
そもそも計画して、その通りにしようとする限り充実感は得られないのではないかと思います。
また一方で、充実感を得たかどうかという基準は常に「過去の自分=100点満点」になっていて、
いわば童心に返って「夢中」になれたかどうかといったところに主眼がある気がします。

だから、熱心に計画を組めば組むほど、「充実する」以前の及第点が高くなる一方になり、
また子ども時代のような単純な仕組みで楽しめる何かでない限り、
それを子どものように感覚だけですべて体感的に遊び尽くすことは難しい。
かといって単調すぎるものを遊び続けるのも限界がある。

というところでひとつ疑問なのは、
自分はどうやったら計画を遂行することそのものに達成感を味わえるようになるのか、
ということです。というか計画を組む意義って義務感や債務感を解消することよりも、
本来そっちの方が大事のような気がしないでもない。
今まですっかり忘れていましたが、
ずっと前はもっと「いかに充実させるか」ということの方に重きを向けていた気がします。

というわけで、最近はどうもブログ衰退に合わせて計画も最小限になりがちで、
それに合わせるように自動的にやる気その他も
省エネに慣れてきてしまったからこそのこの非充実感なのではないか、とふと思いました。

だからといって計画段階でギリギリの物量に踏み込むのはまだ厳しい気がしますが、
来週はひとつ、いかに充実させるかという方向で考えてみるのもアリかな、と。