#5008

四半世紀を超えた先に


空想

つい先日のことですが『クオーターライフ・クライシス』という言葉を知りました。
(参考:誰にでも訪れるクオーターライフ・クライシスを乗り越える方法 – lifehacker.jp

人生をざっくり1世紀として仮定したとき、その四分の一である25歳を経過したときに訪れる焦燥感。
自分の人生はこのままで良いのだろうか、周りから置いていかれているのではないか、という不安。
そんな20代前半から20代後半にかけて起きる“幸福感の低迷期”を、このように呼ぶそうです。
こういったコラムを改めて読むまでもなく、
自分は確かに「ここから抜け出さなければ」という感覚に囚われることが多くなりました。
いつぞやの街コン参加もそう、
GWの突発日帰り旅行なんかもそんな不安感から逃げ出したいという意図があったと思います。
つい先月末の繁忙期も地方都市に引っ越そうかという妄想が大分一人歩きしていました。

自分なりの結論として、こういった焦燥感、不安感の原因は「他人の眼」にあるのではないか、
あるいは「他人と比べるようとする自分の眼」にあるのではないか、
というようなことは先述のGW旅行後に書きましたが(#4900『ひとりの話』2017年06月04日)、
同じようなことは上記リンク先にも書いていて、
なんというかこの辺が20代後半に「友達」を増やしにくい原因があるのではないかと思いました。
焦燥感の奥には少なからず「自分を認めて欲しい」「他人に勝ちたい」
という欲求があるのではないかと思いますが、それは何も自分に限った話ではない。
ところが日常生活の中心であるところの仕事は年収などの数値ステータスに直結する要素で、
仕事を頑張っていればいるほど、それ以外の引き出しが少なくなるのは当然の話。
小中高では休み時間をきっかけに友達が増えていったものですが、
それはゲームなどの「勉強以外のこと」のつながりに頼ることができたからで、
アフターファイブすら時間に追われるようになると
なかなか横の繋がりを作るのも難しいんじゃないかと思うわけです。
同年代の他人さえ意識しなければ「この年齢はこうあるべきなのに自分はできていない」
といったような年齢上の悩みが軽減するのも確かで、ことさらこちらから立ち向かいにくい。

こんなことが30代前半まで続くのだとしたら本当に勘弁してほしいし、
そもそもこのまま惰性の人生を過ごしていてこのスパイラルから抜け出すとも思えず、
やっぱりここはひとつ「ここから抜け出さなければ」という焦燥感に従って
抜け出してみるのが最善の一手なんでしょうかね。
他人の気持ちは分からないので実際のところは分かりませんが、
なにしろ周りは順風満帆な(あるいは失敗体験を話すほどの信頼関係ができていない)人間ばかりで
本当の意味で同年代で同じ立場で語り合える相手というのがいないというのが現状だったりします。
振り返ってみると、同年代と語り合うよりも
ちょい年下の人間とその年齢当時の自分を重ね合わせるようなことの方が多かった気がする……。

まぁ、だからといって「もっとがっついて横の繋がりを増やそう」
という主張が必ずしも正解だとは思っていませんが。
ここで本当に理想的なのは自分の劣等感をほじくり返してこない、
都合の良い同年代の友人が「既にいる」ことなんでしょうね。
小中高大で「友人を大切にする」という倫理観をしっかり身につけ、コネに恵まれるであろう人は
そもそもこんな悩みを抱えているのかという猜疑の気持ちもありますが。

こうして考えると、
改めて「学生でなくなると趣味だけの出会いはおよそ望めないものになる」
ということを、強い実感と共に中高時代に理解することができていたなら
今の状況も大分違っていたんでしょうけどね。まぁ今更どうしようもないことですが。

学生のみなさん、友達は大切にしましょう。

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