#5017

時間消費の両極端


三連休2日目。
さて、この三連休にやるべきことをあらかじめ選定しておいて、
それをあらかた片付けたら敢えてその続きを「やるべきこと」としては数えない、
むしろ作業的なことは避けていこうと決めた連休の二日目。
今日の13時過ぎにはタスクリストは一旦空になり、さてどうしたのかというと、
今度は暇であることが苦痛で仕方ありませんでした。
なんだろう、要するに自分はそもそも暇であることが性に合わないということなんだろうか。
極端な話、自分は人並みの休憩時間が必要ない体質を持っていたりするんだろうか。
あるいはこうして苦痛で暇な時間をもう少し過ごせば見えてくるものがあるんだろうか。

極端といえば今回の計画立案も極端だったなという話でもあります。
前週がキツすぎたから今週は緩めようというところまでは分かるけれど、
その結論が「何もしない」というのはあまりにも極端すぎるよなと。
まぁ、緩めすぎるとこうなるという教訓にはなりましたが。

理想型としては、タスクの多さが波のように上下してでもある程度制御できることなんでしょうね。
緩くしたら翌週はちょっと意欲的になれて、
頑張りすぎたら翌週は停止してしまわない程度には続けていく、というような感じ。
タスクの形にもよりますが、一度止まってしまうと
感覚を取り戻すのに時間がかかったりして、それが結局タイムロスになったりするのではないかと。
日課として機能しているようでしていないこのブログなんかがまさにそうなんですよね。
こんな感じの駄文雑文であれば、究極的には何も考えずとも書くことはできます。
時間も大してかかりません。20行縛りの現行ルールなら最速5分くらいで書けます。
しかし一日溜めてしまうとその心理的・時間的負荷は通常2倍に留まりません。
昨日丸一日犠牲にしたように、
場合によっては平日勤務一日分以上の負荷を背負い込むことになったりするわけです。

なのでまぁ、今回の反省としては、とにかく不格好でもいいから「止めない」こと。
結局精神論ですが、この半年くらいの休日の取り扱い方のひとつの方針として、
これはひとつの結論としてはアリなんじゃないなぁとは思います。
次に今回と同じような状況に巡り会ったら、
今日一日を通じて体感した暇であることの苦痛を思い出して参考にしたいものです。

さて明日はなにしよう。