#5040

捨てられない趣味


空想

ふと、10年後の趣味はどうなっているんだろうということをぼんやり考えてみる。
今の自分が「趣味」というくくりで呼んでいるものというのは、
概ね歴23年のゲーム趣味と歴15年のweb制作・ネット交流が軸になっています。
ちょうど先月の今日十周年を迎えた音楽(再生数統計)も趣味としては比較的大きな方ですが、
大元を辿れば2003年時点ではゲームサントラしか聴いていなかったことを考えると、
これもまあゲームから派生した趣味と言えるでしょう。
そういう意味で言えばゲーム趣味関係の発信がそもそもの目的だったブログ運営も、
ゲームが礎になっていると言えなくはないと思います。

中高生時代に十年後のことを本当の意味で真剣に考えていたのか、
と言われると、それはさすがに肯定しがたいものがあります。
なんとなくみんなと同じように大学へ行き、一人暮らしをして、社会人になるんだろうな、
というような、いわば未来の自分を他人のように見た妄想ならしたことがあったかもしれませんが、
それがそのまま「自分になる」というような実感はありませんでした。
しかし同時に、今ある自分が手がけている趣味が十年後に失われているだろう、
という実感もありませんでした。大人になってもなんだかんだで続けているだろう、と。

大人になったら大人っぽい趣味を囓るものだというような(子どもの)イメージもありますが、
自分たちが見てきた「大人のイメージ」というのはあくまでその時代の大人であり、
それはつまり自分たちとは出生の経緯を異にする時代の子どもたちだった人たちであり、
必ずしもそのイメージの後ろを追う必要はないと思うんですよね。
それを「若者の○○離れ」と揶揄するのは上世代の勝手な言い分なのではないかと。
趣味もいろいろな紆余曲折はあるでしょうが、
それはその時の自分が持っている意欲やできる範囲に趣味を合わせてきた結果であり、
それをすっかり捨て去ってまったく新しいものにハマれるとは到底思えません。

まぁ、行き詰まりを感じているのであれば見限ることで見えてくるものもあるのでしょうが。
でも例えばいままでずっとインドア専門でやってきた人間が、
ある日突然トレッキングに目覚めました! ということはなかなかないと思うんですよね。
別にできなくはないのでしょうが、果たしてそこに従来の趣味並みの情熱を注げるのか、という。
この「できなくもない」というのがなんとも厄介だと最近常々感じています。

自分はたまにゲーム全体に飽きたような気がしてくると、
ふとそういう外出系の楽しみもアリなんじゃないかと思い至ったりして、
実際に大型連休には行動になったこともありました。
しかし今までの一人旅を振り返ってみるに、投資相応に楽しめたという感じはしますが
コスパ的にはやっぱりゲーム関係に今まで注いできた熱には敵わないなあというのが正直なところ。

そういったものも地道に模索していくと徐々に面白くなっていくのではないか、
という気もしているので、だからこそ旅行計画自体は今でもじわじわと続いているわけですが、
いっぽうでゲーム関係の趣味というのは何物にも代えがたい趣味で、
形を変えてでも付き合っていく価値はあるのではないかと改めて感じる今日この頃です。
なんだかんだで十年後、中年時代に突入してもゲームは完全には辞めていないんじゃないかなぁ……。
いや、もしかするとゲームから系譜を受け継いではいるものの
まったくの別種になっているかもしれませんが。
どっちにしても、思春期の思い出の強烈さと、
それを成人してから埋め合わせることの難しさを改めて感じている今日この頃です。

コメントを残す