#5119

共依存の壁


今日の出来事

いわゆる仕事納めでした。
というわけで今年の仕事を、まだ年度末までの分が残ってはいますが
守秘義務の範囲内でざっくりと振り返ってみたいと思います。

まぁ、全体的には「味方のいなくなった2016年」というのが今年のおおまかな印象です。
業務内容は大きく変わらず、その仕事量も大きく増えたわけではないし、
減ったわけでもありません。マンネリ化してしまったと言ってしまえばそれまでの状況で、
今のルーチン自体に改善点はいろいろありますが、
「去年とあまり変わっていない」ということに対する焦りすら感じつつある今日この頃です。

しかし、仕事量が変わっていないというのはあくまで会社として受ける全体量の話であって、
個人の負荷は今年に入って加速度的に増えていきました。
夏季までは順当だったのが、
秋季になって自分の先輩・後輩にあたる同じ部署の同僚が立て続けに辞め、
さらにその跡継ぎになると思っていた新入りさんも何かを察したのか早々に辞め、
特に11月は内部管理としては一時的に完全に孤独になりました。
それによって引き起こされた事態が11月中旬のほぼ徹夜残業でした。
その後の年末恒例プロジェクトを経て社内の自分の立ち位置はようやく改善しつつあり、
ヘルパーとして入ってくれる人も少しずつ自分の補佐として定着しつつあります。
流れとしては、入社して半年後に前任の社員が辞めていき、
その後大炎上をやらかしたことでようやく周囲が助けてくれるようになった
2014年度にかなり似ているような展開だったと思います。残業量も前年度比で大分増えました。

この現状を考えたとき、不平不満は当然出てくるし今まではその感情が爆発したこともありました。
自分は後輩を根気よく教えようとしていたのに、
横から無遠慮に責任と負荷を与えて辞めるきっかけを作ったのは間違いなく会社側に原因があるし、
それを自覚していたにせよしていなかったにせよ、
一人欠けたら一人分の人手不足が起きることは当然分かっているはず。
にもかかわらず会社側が動かないのは、結局この会社は「逃げたがり」の集まりなのではないか。
というようなことはそれこそ無限に思い浮かぶわけですが、
なんというか今年はそれをもって一年の結論とするのはやや物足りない感じがします。

今日を含む三日間のプチ出張では、出席者同士でのいわゆる意見交換会の場がありました。
みんな仕事人で同じ業界ですが、それぞれが初対面。
そして驚くほど活発なんですよね。つまらなそうにしている人が当たり前のように居ない空間。
それはもしかしたら上流階級にとっては当たり前のことなのかもしれませんが、
自分にとってはそれがまるで異常な空間のように思えて衝撃的でした。
そんな「異常な空間」が信頼関係の上に成り立っているからこそ、
誰も彼もが挨拶を丁寧にこなし、人当たりのよい雰囲気で、よく通る声で話してくれる。
仕事の出来不出来にモラルを持ち出されても到底納得できない自分でさえ、
この空間は礼儀の上に成り立っていることを肌で納得することができました。
と同時に痛感したのは、
それがないのが今自分がいる会社であり、そして自分であるということでした。

今いる会社は技術的にどうこうというのはさておき、
内部連携力や人事面で未熟であることはもう誰が見ても明らかであると思うし、
それによって発生する相互理解の妨げによって、何度煮え湯を飲まされてきたかしれません。
だからこそ、意思疎通ができる同僚の存在は仕事をする上で大切な存在だったわけですが、
不思議なことにコミュニケーション能力のある人ほど、早くこの会社を見限っていきます。

それでようやく気付いたのは、こうやって相互理解不足が仕事に支障を来して炎上したり、
人事に文句も言えず一人分以上の仕事をしていたりするという現状が、
ちょうど自分のコミュニケーション能力に合致しているからこそ、
自分はこうしてなんだかんだ言いつつも辞めずに続けているんだろうなということ。
出張先で垣間見た世界はビジネスとしてとっても理想的だと思うし、
あんな風に笑って仕事のことを語るようになれたらどんなに素晴らしいかと思います。
が、同時に自分にとっては分不相応であるとも思うわけです。理想は理想でしかないんだろうなと。
しかし理想の条件を満たすまで仕事をしないわけにもいかないとなったとき、
もっとも面倒くさくなく、リスクを追わないで済むのが
「ずっと変わらない仕事をし続けること」なんですよね。

結局のところ、会社は新人を雇うよりも既存メンバーに強く依存しているけれども、
その依存されている状況に自分自身も依存しているのではないか、
というのが今年一年をざっと振り返っての所感というか反省です。

ただ、今までは給料を貰えることそのものが自分にとって重大なリターンだったので
あまり自分がリスクとして差し出す「時間」を重く見積もってきませんでしたが、
ここにきてもしかして自分はよっぽどコスパの悪い人生を送っているのではないか、
という不安は上述の依存関係とは別にふつふつとわき上がってきていて、
何かこの状況を変える決断をするとしたら、
それは単純に職場に対する不安などではなく
「もっとコスパの良い生活をしたい」というポジティブな動機になるのではないかと思います。

0

コメントを残す