#5138

劣化する鎖


文化


今は使わなくなっているTwitterメインアカウントですが、
先日そのタイムラインで興味深いニュースを共有したツイートが回ってきました。

参考:何も告げずに連絡先を変更 人間関係リセット癖のある人々 – livedoor NEWS

昨今ではLINEアカウントを突然削除してしまう人がいてそれに同感の声が集まっているという話題で、
去年末にちょうどLINEをリセットした自分にとってはなんともタイムリー。
自分以外にもリセット癖がある人っているんだなぁと改めて認識しました。
それが良いことかどうかということについてはさておき。

実は自分はLINEのリセットは去年末が初めてではなく、何回もリセットしています。
最初が電話番号必須になり個人情報流出が騒がれていた頃、
二回目がiPhone 5s機種変時、三回目がiPhone 7Plus機種変時、四回目がつい先日。
なぜリセットしてしまうのかを詰め寄られると困りますが、
リンク先記事でも「自分に自信がなさ過ぎて」という文言があるように、
自分程度の人間がフォローしていることを申し訳なく思ってしまうというのが大半の理由でしょう。
特にLINEは連絡先連携などで有無を言わせず繋げられてしまうので
殊更そういう思いに苛まれることになります。本当にこのアプリがこの世から消える日が待ち遠しい。
Twitterはその点、フォローしても直接関わり合わなければならないという煩わしさがなく、
フォローしてからも距離感を模索していけるので本当に扱いやすいです。
むろん、フォローする・しないで困ることがないわけではないものの。

ただここで注意しないといけないのは、リセットされた方の思いは、
おそらくリセットした方の思惑とはかなり食い違っているであろうことです。
自分のように、自己評価の低さから人間関係を断ち切ろうとしている人間からみた相手というのは
切られたところを知ったところでなんとも思わないだろうというイメージがあります。
でも、相手も自己評価が低くないとは限らない。
もしも相手も決して自己評価が高くない場合、
何も言わずに切り捨ててしまったら相手ばかり強く傷つける結果になってしまう可能性もあるわけで、
そこまでを考慮するとLINEのリセット癖はやはり他者に迷惑をかける行為なのかなと。

自分は人間関係に関しては恵まれていない人生を歩んできていると思っていて、
今回ばかりは高慢な人間との縁を絶ちきることを優先しないと今後の人生に悪影響が出るから、
という強い意志があってこその実行だったつもりですが、
その脇でいくつか健全だったはずの人間関係も断ち切れてしまっていて、
それは今改めて思えば申し訳なく思います。今更遅いですが。

LINEにせよ携帯番号にせよメアドにせよ、2000年代からの人間関係の在り方は
携帯端末同士で連絡を取り合えるかどうかが重要なステータスになっているように思いますが、
それ自体がアプリ側が決めたシステムの上に成り立っているに過ぎないにもかかわらず
それ自体を人間関係の証として取り扱うのはなんというか怖いというか、奇妙な感じがします。
自分はもはやそういう世代に生まれてしまったので逃れようがないですが、
携帯時代以前に生まれた世代はこういう状況をどう見ているんでしょうかね。

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