#5145

小麦粉で作られた正義


空想


日本で生まれ育った子どもならおよそ知らない人はいないであろう正義のヒーロー『アンパンマン』。
どうぶつたちが暮らす村を飛び回ってお腹を空かしている人を見ると
あんパンでできている自分の頭をちぎって分け与え、
敵であるばいきんまんが現れると一生懸命戦うのですが何しろパンなので弱点が多く、
顔に水を掛けられると「顔がふやけて力が出ない……」とナヨナヨになってしまったところに
タイミング良くジャムおじさん率いるパン工場の一群がアンパンマンごうに乗って現れ、
「新しい顔よ!」とバタ子さんの超剛速球で投げた顔が
アメリカンクラッカーの要領でナヨナヨ顔を弾き飛ばして新しく挿げ代わり、
元気百倍になったアンパンマンがばいきんまんを大気圏の彼方まで吹っ飛ばすというアレです。

自分は多分もう20年以上アニメ本編は観ていませんが、
それが未だに現世代の子どもに受け入れられていることは知っています。
そこで今日は、何故ばいきんまんはアンパンマンを倒そうとするのか、
ということについて考えてみたいと思います。

その前に、そもそもアンパンマンは何故お腹を空かせた人を助けるんだろう。
それはアンパンマン自身がパンでできているからでしょう。
パンを隠し持っているわけでなく、自分自身がパンであるために隠しようがない。
お腹を空かせている人にとっては食糧がマントを着けて飛んでいるようなものです。
だから、アンパンマンが真に心優しいから自分の身体を分け与えているわけではなく、
自分がどうぶつたちにとっての被捕食者(?)であるために、
そうせざるを得ないようなところもあるのではないかと思うわけです。
それは、横断歩道を渡れなくて困っているお年寄りの手を引いたり、
雪道を進めなくて困っている自動車を後ろから押してあげたり、
他人の洗濯物を干したり夕飯を作ってあげたりすることとは微妙にニュアンスが違う気がします。

何しろ20年前なので記憶がかなり曖昧なのですが、
何度かアニメを観ていて、アンパンマンがどうぶつたちと友だちのように接している場面は
ほとんどなかったように思います。あくまでも正義のヒーローであって、警察のような立ち位置。
つまり何が言いたいのかというと、アンパンマンはあの世界の中では
どうぶつたちよりも弱い立場なのではないか、ということです。

では何故ばいきんまんはアンパンマンやどうぶつたちにいたずらをするのか。
覚えている限りでは、ばいきんまんはアンパンマンと戦うときはUFOを使いこなし、
毎回異なる武器やら兵器やら仲間を差し向けるなどアンパンマンよりはるかに手段が多彩です。
これはたまに聞かれることですが、『アンパンマン』を観ていた子どもたちの中には
少なからず「ばいきんまんの方を応援していた」というグループがあって、
自分もどちらかというとその部類でした。
なぜなら、ばいきんまんの方がアンパンマンと戦うにあたって
明らかに多くの工夫を凝らしているし、毎回負けているのにくじけない強さを持っているからです。
だから、次こそは勝って欲しい、頑張って欲しいと思ったものです。
でも、毎回必ずその期待に反してばいきんまんは負けてしまいます。
自己犠牲的なアンパンマンに対して、
利己主義的とはいえ努力を欠かさないばいきんまんが負けるのは、
ときとしてあまり気分の良いものではありませんでした。

ばいきんまんも結局のところ弱者だと思うんですよね。
食物であるがゆえにどこか対等に扱われていないアンパンマンと同じく、
黴菌であるがゆえにどうぶつたちに忌み嫌われている。
だから、むしろ積極的にいたずらをすることによってアンパンマンと戦う理由を得、
悪役でもいいからとにかくどうぶつたちの世界に入ろうとしているのではないでしょうか。
アンパンマンと戦う理由がなかったら彼は、
どうぶつたちの世界で孤独に暮らすカビになってしまいます。
同様にアンパンマンも、バイキンマンなど平和を脅かす者がいなかったら
それこそただの空飛ぶパンとしての価値しかありません。
つまり、ばいきんまんがアンパンマンと戦うのは、お互いの存在価値を維持するため、
なのでしょう。でも正義と悪ってそんなものなのかもしれない。

主人公のように見えるキャラクターが実はその世界では「端っこ」に位置する立ち位置で、
本当にこの世界で大手を振って歩いているのはどうぶつたちなのではないかと。
彼らは努力家でもない、かといって自己犠牲的に他人に尽くしているわけでもない。
パンとカビの戦いが与えてくれる日常の演出をただ享受しているだけです。

『アンパンマン』が教えてくれる“正義”はあくまで、
他人が困っていたら手を差し伸べ、他人を困らせる人がいたらそれはいけないことだよと言えること。
そんな正義に甘んじて何もしないのは「悪」ではありませんが正しくもありません。
でも、考えてみれば現実もどうぶつたちのような立ち位置が圧倒的多数であるように思うわけです。

正義って何なのか。悪って何なのか。「良い人」になるためにはどうすればいいのか。
そもそも良い人って何なのか。次世代に必ず伝えていかなければならないことですが、
なかなか難しい問題を孕んでいるように思います。
仮に20年前の自分が今の自分の目の前で『アンパンマン』を観ていて、
バイキンマンがんばれーとか言っていたらなんて声を掛けれるのが正解なんだろう。

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