#5152

心理状態と時間軸


空想


積雪による疲労感を癒すためにも今日はほぼ定時退勤。
しかし乗るはずだったバスの停留所を勘違いしたために結局帰り帰り道をフルで歩く羽目になり、
帰ってからはがっつり作業するかーという意気込みはどこへ吹き飛んだのやら、
帰宅後はWikipediaをだらだら見ていつの間にか1時間経っていたことに絶望し今に至ります。
まぁ平日の半休息日と割り切ってしまえばそれまでか。
体感では、この繁忙期は基本的には平日退勤後に猶予時間を生み出したとしても、
疲労もあってブログ執筆以外の何かに時間を割くのはかなり難しそうです。
そもそも徒歩通勤の場合、どんなに早く会社を出ても19時台は免れないですからね……。
自転車さえ持たなかった大学時代は徒歩そのものは空想が捗る気分転換として、
良いリフレッシュ時間とみなしていましたが、
さすがに今となってはそんなことを期待する精神は持ち合わせていません。
いやまぁ、妄想は捗るしたまには良さげなアイデアが浮かんだりもするんですが、
あまりの強風や凍結があるとそもそもポジティブな考えを抑止されている気がします。
当たり前と言えば当たり前ですが、こういうことも物の考え方を左右するんだなとつくづく。
とりあえず素の状態ではとても気分転換にならないので、
せっかくのこの長距離徒歩を明日からポケGOに活かす方針に転換していこうかなと検討中。
というか、いままで何故やらなかったんだろう。

歩きながら自分が何かを考えることの傾向をなんとなく客観視していると、
気分が沈みやすいのは「もし~だったら」というような実体験の延長線上の過去、
あるいは過去の記憶そのものをなぞるような思考に傾いているとき。
逆に、吹雪でも前向きになれるときは「ここを凌いだら~をやりたい」
「この計画は具体的には~だ」といったような、今後起こりうる未来について考えているとき。
もちろんこれはごく単純な二元論で実際にはそんなに極端な思考をしているわけではないのですが、
とにかく自分でもしょうもないことを考えているな、と薄々自覚しつつも抜け出せないのは、
いずれも今となってはどうしようもないような過去の物事に端を発することが多い気がします。
で、なんで過去を掘り起こすことばかりしてしまうのかというと、
それは大抵「いまこれからやりたいこと」が特に思い浮かばない、その気力もないとき。
新しい何かについて考えるよりも、使い古した記憶を反芻している方が頭が楽なんですよね。
それがたとえ、どっちにしても自分にとって都合の良い妄想だったとしても。
結局のところ未来のことを考えるということは今の自分と向き合うことでもあるわけで、
それを避けたいという気持ちが無意識にあるんでしょう。

今日は珍しく朝はどちらかというと前向きな妄想が捗ったのですが、
帰りはバスを逃したことで予定が狂い、
その影響で前向きな妄想に切り替えることができなかったように思います。
このように思考に行き詰まりが発生してなおも何かを考えなければならないときは大抵、
脳内に語り相手をでっち上げてその人に持っている知識をひたすら話しているのですが、
これも一種の妄想癖なんでしょうかね……。
あるいは、誰かと喋るということは本能的によっぽどストレス解消になるということなのか、
その相手がいないということがこういった妄想を作り上げているのだとしたらなかなか深刻かも。
自分にとってはブログがそういう愚痴吐き場としての機能を有するようになって久しいので
まだ溜め込みすぎていない方かなと自覚しているのですが、
このままブログさえままならない日が来るとちょっとヤバいかもなぁという気はします。
今もいちおうまだ残っている同僚がたまにその相手になってくれるのですが、
如何せん社内では吐き出しようがなく、たまーにしかそのチャンスが巡ってこないんですよね。
思えば2014年度などは雪に加えて
社内も地獄だったのをどうやって凌いだのか未だに不思議なのですが、
あのときはチームメイトが今となっては信じられないほど多かったし、
みんなと苦しみを共有していたのが精神的には救いだったんだろうなぁと今更ながらに思います。

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