#5207

習慣の作り方


スティーヴン・ガイズ『小さな習慣』(田口未和 訳、ダイヤモンド社、2017年)を読みました。
昨日のエントリーに書いていますが、
居訪問のために乗った電車の中でほぼ読み切ってしまった本というのがこれです。
一周ざっと読んだだけなので深い考察はできませんが、ざっと内容と感想を書き残したいと思います。

自己啓発系の本の一大テーマである「良い習慣を身につけるにはどうすればよいか」
ということに対して、本書は〈小さな習慣〉となづけたプロセスを提唱します。
小さな習慣とは、一言で言えば「ばかばかしいくらい小さな目標を毎日達成していこう」
というもの。思い描く目標の高さは人によってさまざまありますが、
何事も行動しなければ成就のしようがないのは明白です。
著者は、人は目標を設定するにあたって
「それをしようとする自分」をつねに過大評価する傾向があるといいます。
そしてその誤った認識こそが、設定した目標に向かって行動できない要因だと指摘します。

著者は引き締まった身体を手に入れたいと思い、
毎日30分のフィットネスをしようと心に決めてその日からはじめることにしました。
しかし、なんとかして自分に言い聞かせようとしてもフィットネスをはじめることができません。
著者は、行動できないのは目の前の30分のフィットネスがつらいからではなく、
それをはじめることで「引き締まった身体を手に入れるまでの途方もない道のり」
にうんざりしてしまったことで行動できないことに気が付きました。
そこで新たに設定した目標が、「1日に腕立て伏せを1回だけ行う」というものでした。
著者はそれを思いついて実際に腕立て伏せ1回をその場でやり終えたとき、
あまりにもばかばかしくて笑ってしまいましたが、
しかし同時に自然と次の発想が生まれてきました。
「せっかくだから、もう一回やってみたらどうだ」

このように、あまりにも小さくてばかばかしくて、達成しないことが難しい目標を中心に据え、
それを毎日続けていくことを死守することによって着実に最終目標に進んでいこうというのが、
〈小さな習慣〉プログラムの骨子です。
達成するのがあまりにも簡単でばかばかしい行動を「行うことさえできたならば」、
余力のある日なら大抵その目標以上のことを達成できるし、
余力のない日でもそうそう挫折することはありません。
これは最終目標から単純に逆算して決めた目標とは一線を画しています。
例えば腕立て伏せを50回行ったとき、
毎日腕立て伏せ100回を自分に課していたならば「50回しかできなかった」と落胆しますが、
腕立て伏せ1回が目標ならば「50回もできた」と自分の行動をポジティブに捉えることができます。
それによって習慣が自分にとって良いものだという認識が強化され、
次第に自分自身の生活に自然と密着するようになっていきます。

また著者は目標達成において「モチベーションは信頼できない」と断言しています。
より正確にいえば、モチベーションに依存して目標を達成しようとするのは間違いだ、
ということです。というのもモチベーション(やる気)というのは
感情に由来するものであり、感情はあらゆる外部刺激に左右されます。
外部刺激(他人・環境・気分・生理状態)を思い通りにコントロールすることは難しいものです。
また、モチベーションに依存した目標設定の場合、
基本的にそれを行うことが自分にとって何よりも魅力的でなければ動くことができません。
例えば今、パソコンデスクの前に座っていてお菓子とスマホが隣に置いてあるとき、
「健康のために散歩に行く」という目標を達成するためには、
感情的にはPCでだらだらとブラウジングすること、スマホゲームを遊ぶこと、
電子書籍を読むこと、お菓子を手に取って食べること、SNSをチェックすること、
といった目の前にある「すべての」誘惑に打ち勝たなければ行動はできません。
著者は、モチベーションを使った目標達成がうまくいくのは、
「エネルギーがありあまっているとき、健康的な考え方をしているとき、
ほかに大きな誘惑がないときに限る」と述べ、
目標達成においてモチベーションが役に立つ場面が限定的であることを示しています。

著者は、何かしかの目標を達成させようという行動の源泉を〈意思の力〉と定義し、
それはモチベーションとは対比的に用いています。
モチベーションを基にした行動、つまり「やりたくてやっている」状態では、
通常意思の力は消費されません。自分に強制してそれをやっているという自覚がないからです。
常にこうなってくれればそれに越したことはありませんが、
先述にもある通りヒトは常にやりたくてやっている状態になれるわけではないということは、
ある年齢を越えた人なら誰でも心当たりがあるのではないかと思います。

いっぽう、小さな習慣を達成するためには
モチベーションではなく「これをやろう!」という〈意思の力〉、
すなわち自制心によって遂行していく必要があるのですが、
心理学者のロイ・バウマイスターによれば、
この自制心はあらゆることによって「消耗」していくものであると言われています(自我消耗)。
消耗させる主な要因とされているのが、努力、困難、否定的感情、主体的疲労感、そして血糖値です。
〈小さな習慣〉は、いわばこれらを最大限軽減するように設定した目標、と言うことができます。
血糖値だけはさすがに目標の高低でコントロールできるわけではありませんが、
努力や困難、否定的感情、そして疲労感といったものは、
目標を低く低く設定することで限りなく小さくすることができます。

〈小さな習慣〉で大切なことは、常に目標の小ささを自覚することと、
それがどれくらい持続しているのかを分かりやすく書き留めておくことです。
例えば腕立て伏せ1回という目標を自分に課し、実際には50回達成できたとします。
しかし「自分は50回くらいならできるんだ、じゃあ明日からは最低50回にしよう」
と考えてしまうと、期待はすぐに自分のできる範囲を飛び越えてしまいます。
また、習慣がどれだけ持続しているのかをすぐにチェックできるのは大切なことです。
例えばスマホのカレンダーアプリに表示するようにしたり、
または実際にカレンダーに大きな丸を書いて何日連続で成功したのかを分かるようにします。
それが継続のプレッシャーになり、目標達成への背中を押してくれるようになります。

*  *  *

以下、個人的な感想。
言うまでもないかもしれませんが、自分はこの本を、
今まさに15年目にして風前の灯火となっているブログを本当の習慣にできないものかと思い、
そのヒントがあればという気持ちで読み始めました。
そして実際に読んでみると、著者もブロガーということもあってなかなか目から鱗なところも多く、
今この衰退期にあって、自分にとってブログというものを考え直す良い材料になると感じました。
この本ではモチベーション頼みの行動に対してかなり懐疑的ですが、
そもそも自分がブログをはじめたきっかけというのが、「それをやりたいと思ったから」であって、
「これを続けることによって文章力が鍛えられる」というような思惑はありませんでした。
最初期は自分が好きなことを好きなように書くことが好きだったから続けてこれたわけです。

しかし著者が〈熱意減退の法則〉と呼んでいるように、
感情や本能由来の行動というものは、
それを繰り返すごとに楽しみが少しずつ薄れていくことが示されていて、これは大いに同意できます。
やはりブログを書く作業も1本目はワクワクしたと思うし、
実際に1000本目くらいまでは自分の書いた文章が世に出るという快感が苦労に勝っていた気がします。
そしてそれ以降の記事はすべて、
いわば途切れさせたくないという〈意思の力〉によって書かれたものです。
そういう意味では自分はこの本を読む以前から長い習慣を続けてきたとも言えると思います。
問題はこの〈意思の力〉が最初はその日のうちにクリアしなければならないものだったのが、
いつの間にかその月のうちに達成すればよい、無理なら最終投稿日から一ヶ月、……というように
徐々に設定が緩くなってきてしまい、平日は何もやらなくても許されるようになった反面、
その分の負荷が休日に集中するようになってしまったこと。
今まで14年間「一日に2,000文字以上書く」という〈意思の力〉は継続できても、
「休日に14,000文字書く」という目標は一日平均は変わらなくても実態としては異質なものです。
著者は〈小さな習慣〉の大きさについて、具体的には「3種以下10分未満」を推奨しています。
このブログは従来の52行制限で書けばどう頑張っても30分はかかっているので、
小さな習慣とは言えなさそうです。以前ブログ衰退の対策として「20行で収める」
ということを実践したことがありますが(というか今でもたまにやっていますが)、
それはある意味〈小さな習慣〉的なアプローチとしては正解だったと言えるかもしれません。
ただ現状はそれでも毎日投稿が定着しているわけでもないので改善の余地がありそうです。

『小さな習慣』は、個人が自分に抱く〈期待〉がとても危ういものであることを警告しています。
その期待はしばしば目標を理不尽に高め、巡り巡って自分の首を絞めるようなことを引き起こします。
〈小さな習慣〉プログラムで重要なのは、今自分がやろうとしていることが
「大したことではない」ということを随時確認すること。
成功は成功を呼ぶ。それはごく小さな目標の達成においても同じことです。
紛れもなく人生は一年の集合であり、一年は一日の集合です。

老子曰く、『千里の道も一歩から』。
これを読んでいるあなたも、〈小さな習慣〉をはじめてみてはいかがでしょう?

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