#5213

退屈との戦い方


吉田尚記『没頭力』(太田出版、2018年) を読みました。
先週末のプチ旅行で買った2冊のうち、当日に読み始めなかった方の一冊。
文体が軽い感じだったということもあり、
また「とりあえず読んでおこう」という軽いノリだったこともあって、
夜の2時間ちょいで一気に読んでしまいました。先週から読書ラッシュが続いていて良い傾向です。
以下、簡単な解説を書きますがさすがに二週連続で詳説する時間的余裕はないのでさくっと要所だけ。

この本では、日々が「なんかつまんない」まま過ぎ去っていくことに不安を感じる人に対して、
好きなことに熱中するための手法を案内するものです。
本の形式としては「ニコニコ生放送」で語ったことやそれに対するコメントが文字起こしされていて、
その点ではとてもルーズで読みやすい本です。
反面、ちょっと話が飛躍していたり大言壮語的であったり(日本人すべてがこう思った、等)、
推測に基づいて次々に結論を生み出していったりしていて、
ひとつの論としてはちょっとふわふわしている印象は受けます。
本書はポジティブ心理学やその道の専門家へのインタビューに基づいて執筆されていますが、
全体としてはそれらを集約した専門外からの個人的な意見としてまとめられています。
ということをまず踏まえてから読んだ方がよさそうな本です。

*  *  *

ポジティブ心理学によると幸福を感じる要素は大きく分けて3つあると言います。
それは〈快楽〉、〈意味〉、〈没頭〉。
〈快楽〉はいわずもがな、生理的に満たされている状態のことです。食べておいしい。寝てすっきり。
〈意味〉は自分より大きな何かに属すること。他人に褒められて嬉しい、
頼られて嬉しい、役割を持てて嬉しい。社会的欲求というとちょっと大雑把すぎるでしょうか。
そして〈没頭〉とは、本書では「時間を忘れるほど(物事に)集中している」ことを指します。
この状態にあるとき、人は幸福である。
であれば、意識的に〈没頭〉できるように自分を導いていけば、
それは自ずと人生を幸福で満たすことになるのではないか。
みんなもっと〈没頭〉しようよ、楽しいよ! というのが本書のざっくりとした主張です。

とはいえ、あらゆる物事でそれができるとは限りません。
〈没頭〉するためにはいくつかの条件があります。
まずはフィードバックが早いこと。自分が何かをして、そのレスポンスがすぐに返ってくるのは
〈没頭〉するために必須のプロセスと言います。
例えば同じ「問題を解く」という作業でも、定期考査に挑んだが結果が返ってくるのは二週間後、
という場合よりもクイズなど一問一答形式ですぐに正解か不正解か分かる、
という状況の方が夢中になりやすい=〈没頭〉しやすい、ということです。

それから、自分が持っているスキルとやろうとしていることのバランスが取れていること。
本書では、その具体的なバランスとして「持っているスキルよりも4%上を目指す」
というのが最適だということが紹介されていますが、4%が何の4%なのかさっぱりわかりません。
ここはむしろ抽象的に「ほんのちょっと手強い相手と戦う」というようなイメージでしょうか。
勝って当たり前の弱い相手や勝てるはずもない相手と戦っても緊張しませんが、
ほんの少し強い相手なら、「頑張れば勝てるかも!?」と自ずと集中できるものです。

さらに、(これは個人的に難しいと思った点ですが)自分なりにルールを信用していること。
サッカーの観戦をしていて、シュートを決めるときにゴールギリギリを外せば落胆し、
ギリギリ入れば気分が高揚するのは「サッカーとはゴール内にボールを多く入れた方が勝ち」
というルールを理解しているからこそであって、
サッカーをまったく知らない人がそのギリギリの攻防を観ても盛り上がることはあり得ません。
サッカーのゴールと同じように、ある作業に没頭するためには、
そのゴールをハッキリと認識することが重要になります。

以上3点が特に重要な〈没頭〉のための条件ですが、
ゲーマーな自分は、これがまさしくゲームというメディアが「何故楽しいのか」
を説明している文章にも読めました。
ゲームでは基本的にフィードバックは早いし、
少しずつ強くなっていくことを目指すようにできているし、ルールを理解しなければ始まりません。
ゲームというのはまさしく〈没頭〉によって楽しさを味わうメディアなんですよね。
本書は「手を動かさない行動からは没頭は生まれない」と断言していて、
それは例えばテレビや映画を観る、音楽を聴く、漫画や小説を読むといったことが当てはまりますが、
ゲームはむしろ手を動かさなければ始まりません。

では、ゲームのように現実の物事も〈没頭〉するためにはどうすればいいのだろう。
その答えとして、著者は「不安からの開き直り」が鍵であるとしています。
不安とはいわば「何も決めていない状態」。
望みに向かってやりたいことはあるけど本当にできるんだろうか。
という地点に身体は向いているけれど足が動いていないような状態。
しかし、そのように不安に思うということは自分が解決したいと願っているからこその感情です。
本気で不安に思ったならば、「やらなきゃしょうがない」「やらなきゃ死ぬ」
とストレスを一心に背負って前に出る瞬間があります。
そのように、希望から抱く不安、そしてそこに向かう開き直りという行動が、
〈没頭〉するためのスイッチとして作用します。
すなわち、ここでの不安やストレスというのは没頭するための必須の燃料のようです。

〈没頭〉に、世間体や常識といったものは必要ありません。〈没頭〉はあくまでも自分のものです。
著者がインタビューした話の中に「趣味を探すな」という一言があります。
いい歳になったから、重役になったからゴルフを始めてみた。
という動機でゴルフをはじめたとき、得られるのは〈没頭〉ではなく、どちらかというと他者承認、
上記ポジティブ心理学がいうところの〈意味〉に過ぎません。
このような動機で探した趣味に〈没頭〉を求めるのは難しいということです。
考え出すとなかなか深い言葉ですが、この「趣味を探すな」というのは個人的に衝撃的でした。

もう2つほど、本書で「良いなあ」と思った表現があります。
ひとつめは、「楽しい、というのは結果である」ということ。
楽しまなきゃいけない、みんなで楽しもう、などと言うのは言語道断。
そもそも本当に〈没頭〉していれば、リアルタイムで楽しんでいるかどうかなんて普通考えない。
楽しいという感情は、「そういえばあれは楽しかったなあ」という後付けの感情なのです。
これは言われてみればなるほど確かに、自分もゲームで没頭した経験というのはやまほどありますが、
ハイスコアを出すようなときは真剣そのもので楽しいかどうかを計ったことはなかったなと。
また、今の自分は目の前のタスクを短絡的に「楽しめるかどうか」で物事を図っているからこそ
〈没頭〉できていないのではないか、とも考えました。

ふたつめは、「人生って逆上がりができればほぼなんでもできる」。
〈没頭〉とはあまり関係ない文脈でのある種大胆な言葉ですが、
こんなに自由に考えられたら気持ちも楽になるだろうな、と勇気づけられる一言です。
逆上がりができる人は、誰しも「いやいやこんなのできないだろ」という地点から、
なんだかんだしているうちにできるようになっている。これって結構すごいことで、
遙か遠くにあるように見える目標も細分化していけば「なんだかんだで」手に届くんじゃないか。
良く言われることではありますが、こういう考え方って大事ですよね。

*  *  *

〈没頭〉することは幸福である、という説から展開した幸福論、とでも言うべきでしょうか。
これを読んでいると、あたかも常識で縛ってくる現実社会が〈没頭〉の対極にあるようで、
社会人生活をしているかぎり手に入らないのではないか、とも思わされますが、
じっさいに社会人生活を振り返ってみると、実務でも〈没頭〉していることは間々ある気がします。
著者は、他人の価値観に囚われないで自分なりのルールで〈没頭〉することに重きを置いていて、
もちろんまずそれが大事ではあるものの、
最終的には自分が〈没頭〉することと社会参加を結びつけられることが理想なのかなと。
〈没頭〉できるからといって永遠にゲームしているわけにもいかないですしね。
あるいはこういう考え方もある種社会に囚われている考え方と見なされるのでしょうか。

とはいえそれは次の段階の話で、まずはオフの時間に〈没頭〉したいと思ったとき、
この本を読んでみて真っ先に思い浮かんだのは何らかのものづくり作業でした。
本書でも紹介されていましたが、特にWebプログラミングは〈没頭〉しやすい構造になっていますね。
最近ゲームを差し置いて特設サイト更新作業にハマることが多いのもこの辺に要因があるのかも。

ものづくりはどうしても「他人にいかに見て貰うか」に重きを置きがちですが、
そうやって他人の期待を意識してしまうとものづくりが苦しみばかりになってしまうことについても、
本書を読んでいてなんとなく理由が分かった気がします。
とはいえ、他者承認欲求がすべて悪いというわけでもなく。
目の前のものごとに〈没頭〉するためには、それがどこまでが自分のためで、
どこからが他人のためかということを割り切るのが大事なのかもしれませんね。

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