#5293

タコウインナーのその後


空想


以前“独り言”で、一番好きだからこそ敬遠してしまう心理作用を「タコウインナーの法則」
と定義してあれこれ妄想を繰り広げていたことがありましたが、
その関連で少し気付いたことがあったのでメモ。
ここ最近、とあるインディーズタイトルのコンシューマー版を買おうか迷っていました。
インディーズタイトルは最近まずモバイルでリリースされ、
そのうち人気タイトルがコンシューマーに移植されるというケースがよくあります。
そのタイトルもご多分に漏れずモバイル先行リリースのタイトルで、
しかも自分はそれをすでにiOSで購入済みでした。にもかかわらず、CS版がほしくなってしまった。
ほどなくして、この「コンシューマー版がほしい」という気持ちがある限り、
なかなかモバイル版にも着手できないということに気付きました。
どこかでモバイル版は下位互換だと信じているからでしょう。
ならばどうせネタバレするならどちらかだけ遊びたい、どちらかだけ遊ぶのなら
より良い方で遊びたい、といったところでしょうか。

しかしそれは果たして本当に純粋なプレイ意欲なのだろうか、とふと思ったわけです。
よりよい環境で遊びたいという意欲が先行して、
しかもそれがモバイル版を遊ぶことを阻んでいるとき、
より本意に近いのはプレイを楽しみたいという意欲そのものよりも、
それをプレイしたこと、より良い環境で掘り出しタイトルをプレイしたというステータス、
ひいては他人に認められたいという承認欲求なのではないか、と。
いまはとある企画で遊んだコンシューマーゲームの整理を片っ端から行っている最中なので、
なおさらその羅列に最新のエッセンスを取り込みたいという気持ちもあったのかもしれません。
こんなの、状況がピンポイントすぎて来年の自分にも伝わるか怪しいところはありますが……。

何にせよ、自分はもっと楽しむために楽しみたいものだと改めて思った次第です。
そのゲームをしたから評価しなければならない、実績を残さなければならない、
あるいは楽しまなければならないという固定観念がいつの間にか大きくなりすぎていたのかも。
「楽しみたいから楽しむ」のと、「楽しまなければならないから楽しむ」のでは、
ゲームという娯楽を遊ぶにあたってはかなり大きな違いがあるのではないかと思います。

コメントを残す