#5294

恐れられる娯楽群


空想

WHOがこの度発表したICD-11(国際疾病分類第11版)に『ゲーム障害』という病気が追加されて、
ゲーマー界隈でちょっとした話題になっているようです。
ざっくりと公式文書に目を通してみた感じだと、この病気として認められるためには、

(1)ゲームを止めることを自分で選べない(やめたくてもやめられない)
(2)ゲームをするために社会参加を止めざるを得なくなる状況に陥る
(3)ゲームをすることによって損をしていると分かっているのにエスカレートして継続している

という3点すべてが当てはまる必要があるそうです。
ここで注意したいのは、別に「現実逃避手段のためにゲームをしている」
という動機によってプレイに没頭していたとしてもこの3条件には直ちに当てはまらないということで、
くれぐれもゲーマーなみなさんは
「自分はゲーム障害かもしれない」と安易に考えないようにしましょう。
まぁ、特にオンライン対戦系は
それだけに賭けるような生活をしていると(3)に該当する状況に陥りやすく、
昨今だとスプラトゥーンにのめり込む子どもの中に一定数該当者がいそうな感じはしますが。
しかしその場合も、たとえプロゲーマーとして認定されるほどゲーム内地位が確立したとしても、
ゲームを娯楽や趣味として認識できている限りは当てはまらないのではないかと思います。

よくこういう話題が上がると「いかに子どもにゲームを辞めさせるか」
という保護者の黄色い声を耳にすることがありますが、
子ども時代にゲームを辞められなかった側から一言言わせて貰うと、
「勉強せずゲームばっかりしやがって」「ゲームは一日××時間、××時まで!」
という制約は、ほとんど意味がないどころか、ゲームを辞められない要因になると断言できます。
その制約によって抑制された意欲は自然消滅するわけではないからです。
だから大人になって制約がなくなったときに、子ども時代に抑制されていた分だけのめり込んでしまう。

なので、ゲーム障害の話が出ている中でこういうのも何ですが、
自分はむしろゲームを辞めない子どもに対しては、そのゲームの内容を大人が理解したうえで、
「どうせやるなら一番を目指せ」と言ってみるほうが
まだ制限を掛けるよりも依存しにくくなるのではないかと思う次第です。
それによってゲーム内で成功する=大人の承認を貰えるということになって、
親子間関係も改善すると思うんですよね。
ゲームに制限をかけると少なからずその辺の関係にヒビを入れることになると思いますが、
そのヒビが結局のところ「勉強しても誰も褒めてくれない→ますます勉強しない」
という負のスパイラルに繋がっているのではないかと思うわけです。

ゲーム障害の根底にあるものって、それでしか孤独を慰むことができないからのめり込むという
社会上の役割の問題に帰結するパターンが多いような気がします。
そういう意味では、自分も働かなくなったら決して他人事ではないんでしょうね……。
今の生活状況で働きながらゲーム障害になるとはおよそ考えられませんが、
まあ頭の隅に入れておこうかなとは思っています。

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