#5373

他人を受容する事について


空想


自分のことで精一杯というどん底を乗り切ってから、
とかく周囲の人間にイライラしてしまうことが増えてきたように思います。

ある人は、他人に対してイライラしてしまうのは、
その「他人」が、自分が持っているルールを破っているからだと言いました。
自分ならやらないのに、というようなことを目の前で平然とやってのける人がいると、
それはやらないで欲しいという思いがイライラ感を引き連れてくる。
倫理や道徳にもとる行為なら、それを注意することは何ら不自然ではありませんが、
「自分なりのルール」を破ったことをとやかく言っても口論になるだけです。
それを表明することは、ある意味で自分がわがままであることを認めてしまうことにもなるわけで、
だからこそますますイライラしてしまう。
自分が思うのは、イライラ感というのは
「言語化や行動を抑制された感情」が多くを占めているような気がしてなりません。
逆に言えば、言葉にできたり、
行動として表せることができればイライラは低減することができるとも言うことができます。

「自分ルール」を破る人に対してイライラするのは、端的に言って誰も得しません。
それはできるだけ避けていくのが得策かと思われます。
それを避けていく方針としては、
まずは他人というものは「自分ルール」の例外であるということを心得ること。
「自分は自分、他人は他人」というやつです。良く言われる「他人には過度に期待しない」
というのも、ある意味この範疇に収まるのではないかと思っています。
自分にとってある程度遠い人間関係に対しては、これを適用することで
不必要にイライラしてしまうこともなくなると思います。
SNSを利用するにあたってはかなり重要な心がけと言えるのではないでしょうか。

もうひとつは、「自分ルール」を「みんなのルール」にランクアップすることです。
要するに、自分ルールを公表して、共有してもらおうという作戦。
より(生活環境的に)近しい人に対しては
「他人は他人」と割り切り続けるのが難しいことが間々あります。
一度だけならともかく、二度も三度も当然のように自分ルールを目の前で破られたら、
頭の中では分かっていてもイライラを押さえ込むのはなかなか困難です。
やはり自分が言い聞かせている「解釈」よりも、目の前で認識する「現実」の方が
感情に直接的に訴えてくるところがありますしね。

なのでそういう場合は相手と対話を試みて、自分ルールを披露し理解してもらって、
自分の目の前でそれに反することをしないようにしてもらうのが最も無難であると思います。
しかし、自分ルールを理解してもらうためには、
自分ルールが何なのかということを分析して言葉にできるだけのコミュニケーション能力と、
それを受け入れてくれることをお互いに分かっているだけの信頼関係が必要になってくるはずで、
そういう意味ではかなり近しい人でないと実現は難しいような気がします。
もしかしたら、自分ルールを理解してくれる=信頼関係がある、
ということなのかもしれません。
しかしいずれにしても、いつでも「自分ルールを理解してくれる」
などということは期待できるものではないということは心得ておく必要がありそうです。
リーダー的なポジションになると、
自分ルールとは別にルールを作って公布することも出てきますが、
どこまでが自分ルールであり自分のこだわりで、
どこまでが管理上のルールなのかを把握していきたいところ。
経験上、これは管理上のルールに自分のこだわりを入れる余地があればあるほど、
意外なくらい混同してしまいがちであるように思います。
なので、他人にイライラするというのは上のポジションに行くほど起こりやすいのかなと。

さらにもうひとつ、「自分ルールを疑ってみる」というのも方策としてアリだと思います。
自分ルールを当然のように他人が破っているのを目の当たりにしてイライラする。
しかしそれは、もしかしたら自分ルールに妥当性がなくて、
世間一般の感覚からズレているものなのかもしれない。
それでも変えたくないルールだとしたら、それは他人を否定するほど強いものなのかといった、
ルールの優先度を点検してみる。
実は幼少期から続くジンクスをルール化しただけに過ぎないものかもしれないし、
断片的な知識に基づいて得た偏見に過ぎないかもしれない。
そういうことに一度気付かされて「自分ルールに絶対はない」ということに気付くと、
多少なりイライラも低減するように思います。

自分は最近、他人の言動にどうもイライラさせられるけれど、
後々になって冷静になってみると
「いやでも自分も他人のことはいえないかも……」と気付かされることがよくあったりするので、
自戒の意味も込めてその辺の分析を文章にしてみました。
この辺も突き詰めていけばかなり奥が深いような気がしています。

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