#5389

もどかしい距離感


文化


眠すぎて今日の出来事を書く気力もないので適当に思ったことを。

最近なにかと他人に対してイライラしている自分がいるわけですが、
そのイライラする相手というのはかなり限られてくるというのが徐々に分かってきました。
それは、おそらくリアルで近くにいる相手に対してはあまり抱かない感情のようで、
ネットを介した人間関係、とりわけSNSがストレス源になっているようなんですよね。
そういう人たちの、自分が意図しないようなことを言っているのがイチイチ癇にさわる。
他人なんて本質的には自分がコントロールできないのは当然だし、
期待通りに動いてくれないなんていうことは分かっている、
そもそも自分はSNSの人間関係に対して「思い通りになってほしい」なんて思ったつもりはない。
それなのに何故こうも感情的にマイナスになり続けるのか。

ひとつ仮説としては、それは「相手の顔が見えないから」なのではないか、とふと思いました。
SNS、ぶっちゃけTwitterに限る話ですが、
ここでの発言というのは基本的に主語が存在しません。
誰に対して言っているのか、発言者がそれをいちいち宣言しない限りは分からないわけです。
不穏な空中リプライに対して、これは自分のことかもしれないとか、そうじゃないかもしれないとか、
一度気になり出すとなかなか止まってくれません。これはなかなかのストレスです。

また、逆に自分が発言したことに対して、どう思われているのかも基本的にはわかりません。
ふぁぼ数がある程度の基準にはなりますが、
じゃあふぁぼ0の発言はすべて否定されているのかというとそういうわけでもないし、
自分も他人に対して同意するとき、いちいちすべてのツイートをふぁぼってなんていません。
結局Twitterに思いの丈をぶちまけたところで、
聞いてくれているのか聞いてくれていないのか、それを知る術はないわけです。
だからまぁ、Twitterは愚痴等でストレス解消する用途には向いていないのでしょう。
それなら最初からほぼ誰も見ていないであろうブログに書き殴った方が
140文字を超えてがつがつと書ける分、まだスッキリする余地があろうというものです。

Twitterは本当にここ数年定期的に辞めたくなっては思いとどまることを繰り返していますが、
たまに無性に離れたくなるのも、こういうもどかしい距離関係にあるのではないか、と思うわけです。
オープンSNSの宿命と言ってしまえばそれまでで、
そんなところでクローズド的なコミュニティに居座っているからこその
この気持ち悪さなのかもしれませんが、
いずれにしても報われないSNSほど虚しいものもないよなぁとつくづく思います。
SNSのせいではなく、たんに自分の精神状態あるいは立ち位置の問題なのかもしれませんが。

コメントを残す