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Twitterを如何にして辞めるか


文化


2014年頃から定期的に罹っては放っておくと治っているTwitter辞めたい病。
今年も夏が過ぎ去ってそろそろこの病が再発してきたので、
いかにしてTwitterを辞めるか、何故辞めたくなるのか、その原因はなんなのか、
思いついた順に軽く考えていきたいと思います。

まぁ、おそらく原因として可能性が高いのは、
Twitterが自分にとって大きな存在になりすぎたからでしょう。
だからTwitterを利用していて遭遇する負の側面について、まるでリアルの関係のように煩悶し、
そしてそれが巨大化して耐えられなくなってしまったのではないか……と現時点では思っています。
それは、Twitterの活動歴九年という時間がそう思わせているのかもしれないし、
相対的にリアルの人間関係がしょぼいことを暗に認めているということなのかもしれません。
確かに比較してみれば、間違いなくTwitterのフォロワーさんの方が、
リアルの知り合いよりも大切だと思っています。

だからこそ、前にも増して認められたいと思うようになっていき、
そして先日の記事にもある通り、タイムラインの細かなところに気になるようになってしまいました。
特に自分の場合は後者の作用がとても強いらしく、
リムーブしたアカウントについての言及を見かけてはそんなのに触れてくれるなよとイライラし、
しかし気にはなるのでやむを得ずリムーブしたアカウントを見に行ってはまたイライラし、
そんな状態で他人に認められるつぶやきができるはずもなく、悪循環に陥っていきました。

また、Twitterも長くなってくると認められるために必要な努力量が青天井式に上がっていき、
割に合わないと思う場面というのがしばしばあります。
あまり某界隈のマイナス面をここで書きたくないのですが、
自分はピクミン界隈で五年くらい活動していて、
とりわけその中で自分が作った特設サイトの存在は大きいと思っているし、
界隈のデファクトスタンダードとしての地位を確立したことは今でも誇りに思っています。
しかしいっぽうでその存在があまりにも当たり前になりすぎ、
また機能追加も数を増やしすぎてコードはいよいよ1万行近くにもなってきました。
そこで休日を潰してアップデートをしても、
返ってくるレスポンスは思っても見なかった部分の不具合や誤植などの指摘のみ。
もし自分が他者承認のみを原動力にこのサイトを作っているのだとしたら、
これほど報われないこともないと思います。
こんなことを言うと感謝しろよと言っているようで非常に格好悪いんですけれども。
ピクミンに関しては、17周年を目前にして
ゲームのやり込み自体がいよいよ本格的に行き詰まってきたことも
コミュニティに参加する意欲を低迷させ、ひいてはそれが不満に繋がっていることも否めません。

とにかく、同じ活動が長期化し、それにコミュニティの成長や共通テーマへの意欲が伴わないと
コミュニティ内でしている活動のありがたみが徐々に薄れてきて、
所属している人それぞれが努力しても割に合わないことが多くなってくる、
というのが現時点で界隈に対して抱いているイメージです。
この「割に合わなさ」が限界を迎えたとき、
まるでオアシスを求めるようにTwitterをシャットアウトして外の空気を吸う。
十分に空気を入れ換えたところでまた復帰する……ということを、今までも延々繰り返してきました。

一言で言ってしまえばTwitter上の自分の立ち位置の不満、ということなんでしょう。
自由気ままに何でもつぶやけるわけでもなく、
かといって既存クラスタとしての意欲や義務感があるわけでもなく。
それを忘れるために既存のものとは違う何か夢中になるものがあれば……と思うのですが、
かれこれ四年以上探し続けてそれは見つかっていません。
だからこそ、延々と昔のおもちゃ箱をひっくり返しては遊んでいるというのが現状です。
そしてここから無理矢理抜け出すための最もシンプルな方策こそが、Twitterを辞めること。
少なくともコミュニティを一人の力で変えることよりかは全然現実的です。

辞めたあとの方向性としてはいくつかあると思います。

(1)Twitter以外のSNSを使い始める。
マストドンやDiscordの専用サーバー、権利問題で名前が変わった匿名掲示板である5ちゃんねる、
あるいはそれに類する中規模掲示板の類は探せばいくらでもありそう。
手を付けていないSNSではInstagramがありますが、これはややハードル高め。
ただこれらは基本人が多いほどカオスで、人が少ないほど専門的になり入る余地がないのが悩ましい。

(2)SNSそのものを卒業して代替となるコンテンツを探す。
昨日話題にしたバーチャルYouTuberを探しに行く旅に出るもよし、
YouTuberに限らず動画コンテンツは本腰入れて探せば面白いものは見つかるはず。
やっぱり他人とのコミュニケーションを取りたいのであればQ&Aサイトに居座るとか。
ソーシャルゲームのギルドに潜ってガチ勢として再出発するのもまぁアリですかね。

(3)しれっとTwitterの別アカウントを始動する。
5つほどある既存のアカウントとは何ら紐付けられていない新しいアカウントをスタートさせてみる。
これならとりあえず情報収集には事欠きません。
新しいフォロワーさんとコミュニケーションが取れるかはかなり望み薄といったところですが、
万が一その辺の芽が出れば新しいネット活動のきっかけにもなり得るでしょう。

(4)情報発信はブログに専念する。
Twitterとブログは情報発信の面でかなり重複するところがあったので、
それならいっそのこと片方に集中した方が安定するのではないか、という考え方。
両立ができなくて悩んでいた時期もあるくらいなのでこれも方向性としてはアリなのかなと。
ただしブログは基本孤独なので、ネットぼっちが避けられないのは悩みどころ。

(5)新しいリアル友人を作る方向にシフトする。
会社家族同窓生等々とは関係のない、新しいリアルコミュニティに所属することができれば
これほど文字通りに現実的なことはありません。あるいは久々に誰かに連絡を取ってみるとか。
ただこれについては相応に安定したメンタルとコミュ力が求められることもあり、
夏くらいまではアリかなと思っていましたが今はとても新しい知り合いを作る勇気はありません。

ざっと思いつくかぎりでこんなところでしょうか。
理想としては(5)、現実的なところではまず(1)をやってみてダメそうなら(2)、
それもダメなら(3)、それでもダメなら(4)といったところか……?
ただ今までも同じような状況に陥いるたびに(1)を試しては玉砕しているので、
もっと本腰入れていろいろ探してみないと難しそう。
そういう意味では、今までにやったことがない(2)(3)にちょっと希望がありそうな予感。
(4)はすでにやったことがあり、
結局これも承認欲求を満たせないことは分かっているのであくまで緊急避難的な選択肢。

既存のタイムラインに対して、何か明確な不満があるわけではありません。
そこそこ居心地は良いと思うし、これからもそうあってくれればと思っています。
しかし、変わらないことに対するもどかしさも相当感じています。
Twitterを始めて九年、ネットの利用方針がまるで変わっていないじゃないか、という。
2000年代後半はほぼ二年ごとにメインとして使うサービスを変えていったというのに。
だからこそ、Twitterだけに留まりたくないという焦りもあるのかもしれません。

何はともあれ、捨てなければ変われないのであれば、まずは捨ててみるところからやってみましょう。

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