#5404

空洞の先にある空虚


空想


「今週末は特にやりたいこともないし、敢えて振り切って何もせずに過ごして、
自然と何かしらに対して意欲が湧くのを待ってみよう、意欲が湧いてきたらそれに全力を捧げよう」
と思って連休に突入したのは今回が最初ではありません。
というよりもむしろ近年はこういう連休の入り方をすることが多くなってきました。

今回はとりわけ4連休という通常の倍の時間の長さを確保したうえで
空洞期間に突入したわけですが、それを終えてみて感じたことがひとつあります。
まぁ、薄々分かってはいたけど、
「いつかやる気になったら頑張る」というスタンスでは、永遠にその「いつか」は来ないんだな、と。
休息という名目で連休に敢えて空白を作ることの虚しさを改めて実感しました。
もちろん、日常に休息は必要です。連日残業の繁忙期であれば、
休日は文字通り何もしないような一日が必要になってもくるでしょう。
しかし今の自分の場合は、仕事に置いても適度に緩められる時期に来ており、
一週間を乗り切ったからといって週末をすべて睡眠に捧げるほど疲れているわけでもない。
ぶっちゃけ休日恒例の10時間睡眠で基本的な体力は回復していると思います。

にもかかわらず空白を求めるのは、趣味から逃げているに過ぎません。
今の自分が休日にやっていることは、それもこれも仕事めいた義務感がまとわりついてきていて、
それに追われているとまるで休日ではないかのような気持ちになってきます。
もともとは楽しいからやっていたことなので、それでもまあいいかと思うこともあるわけですが、
そうではない気持ちの日もある。
しかし、既存の何かを捨て去ったところで手元に何か残るわけでもない。

つまり今の自分には手放しで、何も考えずに楽しめるコンテンツが圧倒的に不足しているんだなと。
そこに『ドラガリアロスト』という、
何も考えずに楽しめるカテゴリの良い例であるところのソーシャルゲームが来てくれたので
今のところこれをやっていれば少しずつ進んでいる実感はあるわけですが、
その「少し」にもどかしさを感じるようになってくるとこれもなかなかしんどいです。

やりたいことをやりたい。これって簡単なようで、考え出すと意外と難しいものなんだなと。
あれこれ考えてしまうのが良くないんでしょうか?
考えているうちに、
自尊心が勝手に「ここまで高度な事柄なら許される」とハードルを上げていたりとか。
例えば漫画を読むことは充実していたうちに入るのか入らないのかは人それぞれだと思いますが、
今の自分は何をもって充実していたかを計る目線が高すぎるような気がしないでもないです。

週明けはわずか3連勤でまた連休になる見込みなので、
とりあえず次の週末は何か無理矢理にでもこれをやるというタスクを用意して臨んでみますかね。

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