#5423

無言の決別


空想


現在Twitterは活動を休止していますが、
そのメインアカウントで例のピクミン界隈を引っかき回した張本人からの被ブロックを確認したので
これについてちょっと一言二言言わせてください。

ブロックされたということについては、この件について自分ではない当事者からのDMがあったのか、
あるいは当ブログないし10月26日まで公開していたDM全文を読んでもらったのか、
いずれにしてもその人が当事者として矛先が向けられていることに気づき、
それらを不快に感じたことへの表明としてブロックを行ったのだとこちらは勝手に理解しています。

しかしそれはこちらの勝手な思い込みでしかなく、真意は相手にしかわかりません。
ただ、こちらには「ブロックされたこと」だけは分かってしまう。
そしてブロックされてしまえば、
もう今後対話や和解のチャンスは相手が思い直さないかぎりやってこない。
さらに、界隈内でのその人に関連した空リプは宛先不明のツイートとして自分に疎外感を突き付ける。
何度でも言いますが、これがTwitterをやっていて本当に嫌なところだと思うんです。
何故、現実から逃げてやってきたコミュニティで、
本来共通の好きなものを語る場として機能しているはずの場所で、
こんなしがらみを経験しなければならないのか。

Twitterはリツイート、いいね(旧ふぁぼ)、被フォロワー数といった数字の存在によって
自分が承認されているのか、されていないのかというステータスを常に突き付けられます。
それをこちらから追い求めても他人に認められないことが続くとTwitterという世界は地獄です。
単なる「ミニブログ」として、一人言垂れ流しツールとして割り切って使えれば良いのですが、
一度他者承認を満たすことを経験してしまうとなかなかそうもいきません。
思えば2012年までの自分はTwitterを一人言吐き出しツールとして使っていた節がありますが、
あれはあれでとても健全な使い方だったんだなと思うわけです。

いずれにせよ、10月14日の騒動はお互いに13,000文字にわたって話し合った結果誤解を解くに至り、
一方的なブロックも解除してもらうところまでようやく持っていけたのに、
ここでまた第三者であり騒動の発端でもある人から何も言わずにブロックされてしまうと
あの長時間の話し合いはなんだったんだろうかと少し考えてしまいます。
まぁ、こちらもここで散々当事者に対していろいろ言っているわけで、
そちら側にも何か言いたいことはあるんでしょうが、それならせめて一言言ってほしい。
何も責任を取らず無言ブロックするなら今後界隈に関わらないで欲しいというのが正直な気持ちです。

ただ今回の一連の騒動の原因のひとつに自分のメンヘラツイートがあることは否定する余地はなく、
それによって不快な思いをした人がいたら申し訳ないの一言に尽きるし、
自分としても思い直した今となってはこれについては後悔しかありません。
そして長年親しんできたコミュニティで病みツイートを繰り返すことによって
いろいろと取り返しの付かないことになるんだということは今回の大きな教訓です。
先々週のような胃の痛いことはできればもう二度と経験したくないし、
そのためにも今現在のTwitter自粛は必要なことだと思っているのですが、
しかし一方で被ブロックにすぐ気付くくらい、実はSNSチェックは辞められない自分がいるわけで。
そして騒動の発端で界隈を引っかき回した張本人であろうとなんだろうと、
やはり誰かからブロックされれば良い気分にはなりません。むしろ結構ショックです。

SNSではブロックした、されたというステータスをも可視化されてしまう分、
現実世界の人間関係よりもシビアで辛辣な世界なのかもしれません。
現実世界ではコミュニティから物理的に離れてしまえばお互いを知る余地もなくなりますが、
ネットではアカウントIDという住所に物理的な制約はなく、
その人のIDを覚えているかぎりいつでもその人の活動を見に行けてしまうというのが
こうしたネット上の人間関係をこじらせる原因になっているような気がします。

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