#5424

無言の決別のその後


文化 空想


どうしたら全体にとってより良いかということを考えたとき、
大抵はその全体に「自分」をも当然含むものとして解決策をいろいろと考えてみるけれど、
実は「自分」をそこから取り外すことが解決策なのかもしれない。
今回の問題で行き着く答えのひとつは、そこにあるような気がしています。

他人というのが自分から見てどういう立ち位置で、何を主張したいのかは意外と分かる。
けれども、自分というものが他人にとってどういう立ち位置で、
何を主張していると思われているのかは意外と分からない。
自分は自分の言いたい事を精一杯主張しているけれども、
それがどのように、どこまで、誰と誰に伝わっているのかを知る術はない。
結果的に、全体を俯瞰したときに
「自分自身」が最も立ち位置不明の存在として浮かび上がってきてしまうわけです。

本当はもう書きたくないのですがいろいろと知ってしまったので昨日の続きになります。

10月14日を発端とする一連の騒動がやっと風化してきたかなと思っていたところに、
被ブロックに気が付いてしまった昨夜。
ようやく精神的にも落ち着いてきたところにまた黒い何かが腹の底から逆流してくるような
言い知れない気持ち悪さを感じながら昨日の記事を書いたのですが、
冷静になって考えてみると、そもそもこの件についてはこちらから彼をブロックしていました。
それは、自分の中で確固として許せないことをされたと思ったから。
具体的には某界隈活動歴12年、Twitterコミュニティ成立5年というみんなで積み上げてきたものを、
おちゃらけた下ネタ連発、関係ない空リプ連発、そして企画丸パクリといった粗暴な発言の数々に
コミュニティが破壊されるような危機感を覚えたので、
それを避けたいという強い思いからブロックしました。
ちなみにその「強い思い」を宛先不明のアンチ発言としてTwitter上に垂れ流した結果、
自分のことを言われていると思った第三者が憤慨して相互ブロックを申し出たというのが
そもそもの発端なので、こう考えると今回の件はますます自分に非があるなと痛感します。

しかし、その数ヶ月後に思い直すことがあってブロックを解除した日がありました。
何故かというと、界隈は相変わらずその人を含めてタイムラインが流れているので、
その人をブロックしてしまうとタイムラインが歯抜けになって
まるで遠くでこそこそ話をされているかのような疎外感を感じ、それに耐えられなくなったから。
なのである日、自分はすべてのブロックアカウントのブロックを解除しました。
これらは界隈全体とはなんら関係なく水面下で行っていたことで、
自分が彼のことを嫌いだとわざわざネット上で公言する理由もきっかけもなかったのですが、
例の騒動でこうした問題が明るみに出てしまい、
その理由説明のために明るみに出さざるを得なくなりました。
いや、実際には自分は直接公言していないはずなのですが、関係者から彼に漏れたんでしょうね。

そこまで行ってしまえば、もうあとは当の本人が悪く言われていることに気付くのは容易です。
もともとが別に大した関係を築いているわけでもないネット上の人間関係で、
一方的に嫌われていることを確信して、不快に思わない人はいないと思います。
自分が逆の立場でも、自分のことをネットで悪く言うような人はブロックするかもしれません。
もっといろいろな手段で攻撃してこないだけ相手方もまだまだ良心的なのかも。
攻撃(表明)するということは結局ブロックを解除せざるをえないので、
無言ブロックこそが最大の攻撃であり防御みたいなところもあると思いますが……。

実は某界隈は前にも一度界隈から人が離れていくということがありました。
誤解を避けるために補足しておくと『ピクミン3』のプレイヤーは関係なく、
それとはまた別の形で界隈に関わっていた人が、
ある日突然界隈のメンバーを全員リムーブして去って行ったんですよね。
これについては何の後腐れもなく、気持ちが尾を引くことはありませんでした。
何しろ彼は文字通り「全員」をリムーブしてくれたのだから。

しかし今回は状況が違い、
彼は自分をブロックして、もう関係を修復するつもりはないとまで宣言しているにもかかわらず、
また一方で他の界隈内の人間とは普通に接し続けているわけで、
これがもう、なんとも言えず面倒くさいの一言に尽きます。本当に面倒くさい以外の何物でもない。
自分が界隈と接するかぎりはやっぱり間接的に彼の存在を空リプなどで見せつけられ続ける。
お互いに共通のフォロワーを通して「あなたを嫌いな人がいるらしい」
ということを突きつけ続けられながらコミュニティを過ごさなくてはならないことになるわけです。

もっとはっきり言ってしまえば、結果的にコミュニティを乗っ取られた感覚さえあります。
コミュニティから出て行かないのに一部の人をブロックするという行為は、
「お前とはもう話したくない、けれどお前の仲間とはこれからも仲良くしていくからな」
ということですからね。キャリア差やゲームの実力なんてもはや関係ない。
いま、Twitterを自粛し続けているのは、これに対する居心地の悪さも多分にあります。
一度失言をして嫌われれば誰だって追い出される側になり得るんだなと思うと恐ろしい話です。

と、ここまでは自分視点で自己中心気味にいろいろと書いてきました。
ここからはもう少し相手視点でいろいろと思い直してみたいと思います。
というのも、相手からしてみればそもそもケンカを売った覚えはないだろうし、
パクリ企画をはじめいろいろなつぶやきは相手にとって良かれと思ったからしただけの話。
それが多少なりかまってちゃん成分多目だったとしても、悪気はなかっただろうと推測されます。
なので最初のブロックに関しては、
今自分が胃の痛い思いをしているのと同じように、
相手も一方的なブロックをされて辛い思いをしていたのかもしれない。
なぜなら、相手は別に自分の悪口を言っていたわけではないので、
ブロックをされたことに対して身に覚えがなかっただろうからです。

ここからひとつ思うのは、
自分が(界隈の一員としての)相手に求めるモラルや行動様式といったものが、
おそらく相手が思っている程度よりも大分高度だったために、
いろいろな思いのすれ違いがあったのではないかということです。
向こうからしてみれば、
ゲームのコミュニティなんて多少なり関係ないゲームの話題で盛り上がるのも当然で、
むしろそっちがメインになることもたまには許容されるべきだと考えていたのかもしれないけれど、
自分はコミュニティの存続に気を取られるあまり、それを許すまいとする思いが強かった。
別ゲームの話題で埋もれたらこのコミュニティは何のために存在するのか分からなくなるからで、
以前にもこの界隈では同じようなことをして存続の危機にさらされたことがあったから、
なおさらそれに気を取られたのだと思います。

でも今にして思えば、コミュニティ全体に対してモラルを求めるなんていうことは、
本物のコミュニティならいざ知らず、それぞれが好き勝手にフォローするTwitterに限っては、
通用しない常識なのだろうと思います。
この界隈ではこういうことは言わないようにしよう、という合意を形成したかったとしても、
「この界隈」って具体的に誰と誰を示すのか、何をもってこの界隈の一員とみなすのか、
Twitterではそのすべてが曖昧なため、規定のしようがありません。
なので、結局のところ界隈の一員としての彼に「ある程度のモラル」を求めていた自分が
馬鹿らしくも失敗だったのだろうなという気持ちは、今はあります。

結局のところ、こうやって「ある程度のモラル」を周りに求めてやまない自分が、
実は界隈で一番面倒くさい存在になってしまっているのではないかと思うわけです。
界隈を見渡してみると、自分さえいなくなればすべてが平和に元通りになるではないか、と。
もちろんそれは、自分からしてみればもはや統率も結束も何もない謎の集団ということになりますが。

Twitterにおいては、ピクミンに関連しているときだけはその人はピクミン勢。
そうでないときは単なる「Twitterのフォロワー」。
自分も最初からこう割り切ってTwitter上で活動していれば、
そもそもこんなことは起きなかったのかもしれません。
800以上いるTwitterのフォロワーには当然彼よりもかまってちゃんな人はいるし、
自分とは縁遠い人もたくさんいます。
彼もそのうちの一人として考えれば、嫌いだとも好きだともなんとも思わないし、
ブロックに値するアカウントだとも思いません。
すべては某界隈という曖昧な線引きをしてしまったがためにうまれたしがらみなのだと思います。

自分としては、お互いにリムーブというのが一番スッキリする落としどころなのですが、
今回の諸々の騒動の発端はほとんどすべて自分に責任があることを考えると、
どうやら許してくれそうもないですし、この現実を飲み込むしかないのかなと思っています。
インターネットって恐ろしい。ある意味現実よりも全然残酷だ……。

コメントを残す