#5426

コミュニティの遠近


文化 空想


現状例の件について書ける媒体がここしかないので結局書かざるを得ない的なアレ。

某所で「あいつはコミュニティを自分だけのものとして考えているんじゃないか」
という批判を受けていますが、
それを肯定するとか否定するとかという立場を取る前に
まずこれだけは信じていただきたいことについて。

自分はコミュニティ発生よりもずっと前から例のゲームタイトルを好きであり続けてきました。
それが好きだということを周りにも言っていたし、それが自信にも繋がっていました。
その延長線上で、Twitterで同じ仲間に出会えたことが嬉しかったし、
そのコミュニティのほぼ最初から関われてきたことに誇りを感じていました。
そんなコミュニティの為に自分ができることは何かないかと考えてあのサイトを作ったわけです。

それは別に誰かに頼まれて作ったわけでもありません。余計なお世話だったのかもしれません。
ただただ自分がコミュニティを愛するから、この気持ちで自分のできることをやりたかったのです。

サイトの存在によって界隈に参入するハードルはとても下がりました。
自分としても人数が増えてくれればそれに越したことはないと思っていたので、本望でした。
しかし一方で、「大会主催としての自分」とは別に、「コミュニティの一人としての自分」が、
誰もかもを受け入れられるほどの許容力がなかったことは認めます。認めざるを得ません。
それゆえに、自分の中で誰にも言っていなかった基準によって、SNS上の人間を分類していました。
自分を認めてくれる人とそうでない人。活動的な人とそうでない人。
ゲームの改造について遠慮容赦なく話す人と、記録を競い合う場ではそういった話題は慎む人。
上手い人と下手な人。年下と年上。男性と女性。分類基準を挙げればキリがありません。
こういった線引きは某界隈とは関係なく、SNSを使うようになった当初からやっていることです。

これが自分だけがやっている異常なことなのか、割と誰もがやっていることなのかは分かりません。
いずれにせよ線引きをどこまでキッチリやるかという程度の差はあると思いますが、
自分はどちらかというとキッチリする方なのだと思っています。

そういった様々な基準によって、自分から見たフォロワーというのはある種の遠近差ができあがり、
より近い人、つまり自分の主義や立場に近い人を大切にしたいという思いが募っていきました。
しかしその裏で無意識的に、遠い人は雑に扱っても良いという観念をも作っていたのかもしれません。
一度遠い人として見てしまうと、その人の発言を親身に捉えることはなかなか難しくなります。
Twitterという場所は特に対話するでもなくお互いに一人言を覗いている状態なので、
「自分だったらそういう事は言わないのに」
を直接相手に言えないイライラ感は募りやすいのではないかと思います。
その爆発が今回のトラブルを招いたわけです。

当時は一大決心のように書いていますが、今にしてみれば、発端は些細なことでした。
今にしてみれば、その発言自体は別にブロックするほどでもないだろうと思います。
しかし当時の自分は、相手を規定する分類を頭の中で数多くしてきた結果、
たまたま「遠く」に分類され続けた相手を
否定的に見ることを否定できなくなっていたのだろうなと思います。
そして一度の衝動的なブロックがさらに対話のチャンスを閉ざし、
ますますどうしようもない事態を引き起こして今に至るというわけです。
この点においては全面的に自分に非があると思うし、申し訳ないと思っています。
10月14日から実にたくさんの文章を書いていますが、
いま行き着いているのは憤慨ではなく大きな後悔の気持ちです。

以上を踏まえて、コミュニティを私物化していたという意図はあったのかということについて。
正直言って、サイトの管理人兼イベント主催として、
コミュニティをもっと盛り上げていきたい、主導したいという責任感があったことは否めません。
そういう気持ちがなかったら期間限定大会もオフ会もあり得なかったと思います。
しかし主導するからこそ参加者には意に沿わない行動は取って欲しくないという気持ちも強くなり、
暗黙のうちにこのコミュニティではこういうことはしてよくて、
こういうことはしてはいけないという
誰にも言っていない「線引き」も、自分の心の中にはあったのだと思います。
誰と誰が界隈から近くて、誰と誰が遠いのかという規定によって
界隈に関わる人の輪郭を捉えていました。
それ自体は、多くの人に同じ方向を向いてもらうために必要なことだとも思っていますが、
同時にものすごく自己中心的な人の見方だとも思います。

しかしその価値観を他人に押しつけたつもりは一切ないので、
少なくともこちら側からしてみれば、コミュニティを私物化しようという意図はありませんでした。
コミュニティが自分のものではないからこそ、界隈がどこからどこまでを指すのかが不明瞭で、
「何をもって界隈の一員なのか」が誰にも分からないのではないかと思います。

また、コミュニティの一部を個人的にブロックしたことは「私物化」には当たらないと思います。
何も自分が誰かをブロックしたからといって、界隈から追い出せと言っているわけではありません。
だからこそ自分が勝手に居心地の悪さを感じて、勝手に身を引いてTwitterを自粛しているわけです。
ただこういった自己中心的な思想が、ブログという長文ありきの媒体を通して
多少なり漏れ出てしまっているかもしれません。そこは否定できません。

いずれにせよこれについては自分よりもコミュニティ全体がどう感じていたかが重要なので、
自分以外の多くが「いいや、あいつはコミュニティを私物化していたね」
と言い張ればその通りですとしか言いようがないと思いますが。

取り返しの付かないことをしたと思うと、
頭に無数の穴が空いたような空虚感に苛まれ、何もかもが嫌になるこの絶望的な感覚。
ひとつのゲームタイトルを好きであり続けた結末がこれだなんて、あんまりじゃないですか……。
……いや、でもゲームそのものはこの件と関係ないか。そこは区別して考えよう。
思えば今日でちょうど旧作復帰から三年。たまには最新作に戻るのもアリかなー、などと思いつつ。

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