#5514

思想は変形する


空想


いやあの、本当はこの話題はここにはもう書きたくないんですよ。
このブログは例の界隈のために書かれているわけではなく、
まったく関係ないリアル知人やら常連さんやらがたくさん見に来ています。
そういった目を意識してこの話題を書いていると正直ちょっと恥ずかしいです。
それでも書いてしまうこの衝動はなんなんでしょうね。

Twitterブロック事件について若干の動きがあったみたいなので、それに関連して、
これを読んでいる人に分かって欲しいこと。

まず、ひとつのことに対する考え方が違うからと言って、
まるでもはやわかり合えない相手なんだと勝手に諦めるのは勘弁してください。

このブログはいわゆる日記系ブログに該当します。それも、かなり長文傾向のある方です。
しかも十年以上の累積があり、その時々のアーカイブが読めるようになっています。
ですから今も、諸々の根源になったブロック行動に至った際の当時の考え方や、
それを後悔したり、反省したり、あるいは憤慨したりしたときの感情が、
それぞれ生のままで文章という形になって残っています。

それ自体はそれぞれ「自分」の発言で間違いないですが、「今の自分」の発言ではありません。
人の考え方は移ろいます。自分も二枚舌にはなるまいとある程度気を付けてはいるつもりですが、
入ってくる情報、変化する環境等々の事情によって、
どうしても結論や立場というのはその時々で異なってきます。この問題に関しては特にそうです。
例えば自分がブロックを決断したときは、相手こそが絶対悪だと思っていました。
しかし10月14日に相互ブロック交渉が発生した際、
自分が無自覚に他人を傷つけていたと激しく後悔しました。
今現在は、自分もある面では悪かったけど、相手も悪かったんじゃないの?
という立場です。

なので、過去記事で言っていることに賛同できなかったからといって、
「ああこのブログ管理人とは考え方が違うんだな」と決めつけないでください。
過去記事で何か否定しているものがあったとしても、
時間が経てばそれを受け入れているということは経験上ザラにあります。

これはつまるところTwitter上の関係性にも言えることだと思います。
何かひとつのことで意見がすれ違い、相手のことを嫌いだと思ったからといって、
その相手を直ちにブロックしにいくのは軽率だと思います。
そのすれ違っていた部分は、時間経過によって溝が埋まっていく可能性が多分にあります。
一時の感情や仲違いだけで衝動的に絶縁する様子をリアルに置き換えて考えてみてください。
ちょっと幼稚すぎると思いませんか?
……まぁ、こんなことを書いてしまうと
事の発端が自分の衝動的な感情による幼稚な行為だったことは認めざるを得なくなるのですが。
だからこそ、今は自分も悪いと思っています。しかしあくまでも「自分も」です。

今日、この件について相手が久々に口を開いたのですが、
嫌悪感むき出しで「またあいつがグチャグチャ言ってるのか」
「その話は触れるな」「自分は悪くない」と荒い口調で声高々に主張していて、
なんというかかなり妄想に捕らわれているように見えました。

自分は相手を不愉快だと思ったので一時ブロックしましたが、直接的に悪口を言った覚えはありません。
趣味やリテラシーの低さに対するネガキャンをTwitter上に書きはしましたが、
これは名指しではなく、相手が勝手に「自分のことを言っているんだ」と
悲観的に捉えているに過ぎません。早い話が、ここまで嫌悪されるのは身に覚えがありません。
百歩譲ってそれが直接的な表現だったとしても、趣味には違法性があるし、
Twitter上の行動には問題があるしでこちらの言っていることは間違っていなかったと思います。
なので逆上しているツイートを読んでいるとまるで、
親に日頃の態度を注意されて逆ギレしている子どものように見えます。

自分はそのツイートの中で「あいつ」呼ばわりされていました。正直、不愉快です。
対等な立場で考えれば、こちらは譲歩しようという意思が少なからずあるのに、
かたくなに心を閉ざし、自分の正当性ばかりを主張するのはちょっと卑怯だと思うのですが、
落ち着いている今、改めてその発言を見てみると、
根拠や理由はないけどどうしても自分を悪者にしたくて必死で、
それ以外に心の拠り所がなさそうで、なんというか可哀想に思えました。
きっと、最初は本当に些細だった嫌悪感が、
放置しているうちに悲観的妄想によってそれがどんどん膨らんでいったんでしょうね。
相手を絶対悪と決めつけてしまえば自分の正当性は守られることになって楽ですから。
反省や後悔をする必要性もなくなります。
たぶん、関わりたくないと言っておきながら
心の奥底ではこの件について相手も長らく悩んでいるのではないかと思います。
そうでなければあんなに思い詰めたような口調での発言はないでしょうし。

こう考えると、相手方はかなり過剰一般化に捕らわれている感じがしますね。
昨日書いた予想が当たっていたということなんじゃないだろうか?
遠い将来、彼が何らかの精神疾患にかかっていないことを祈ります。
彼のタイムライン上で自分が根拠もなくすごい悪者になっていることだけは気にくわないですが、
誰が誰を嫌いになろうが勝手なので、その点は別にどうでもいいです。
ただそれをTwitterという公共の場で発言するのはいかがなものかと。

ちなみに言っておくと、自分は相手と和解を望んでいるわけではありませんので、
その点は勘違いしないようにお願いします。
相手が自分をブロックしたことについて「それは間違っている」などと言うつもりもありません。
あくまでもお互いに恨み合う現状を打開するためにブロックを解除してほしいだけです。
何も彼に界隈としての活動をしろと言うつもりは毛頭ありません。
そもそも彼は界隈内でまともに活動した期間というのはごく短く、
正直なところ自分は彼を界隈のメンバーとして数えていたのは本当にわずかな時間でした。
ただ、界隈が彼を一斉フォローしにいってメンバーとして認めてしまったからこそ、
今こんな面倒くさいことになっているわけです。
それがなかったらただのフォロワーで済んでいたでしょうし、
ブロックされた事に対してこんなにぐちぐちと文句を言うこともなかったんじゃないかと思います。
誰も言及しなくなるか、あるいは彼が界隈から完全に去ってくれれば沈静化するでしょうが、
諸事情によりしばらくは難しそうな予感がします。

この問題の根っこは、各自のコミュニケーション能力の低さにあるのか、社会的能力の問題なのか、
あるいはTwitterという情報媒体のせいなのか、ネットモラルのせいなのか……。
いちおうその日その日で結論は出すようにしていますが、
上に書いたように時間が経つと全然違う結論にも達していて、もう何が何やらという感じです。
それくらい考察のし甲斐がある、奥が深い問題ということなのかもしれません。
嫌われるという事に対する考察はいままであまりしてこなかったし、
良い材料なのでもう少し徹底的に考えていきたいと思います。

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