#5554

一期一会の相互承認


文化


最近またTwitter離れが顕著ですがこれには理由があり、代替アプリを見つけたからだったりします。
いわゆるSNSではありません。フォロー、フォロワーといった数値も一切ありません。
でも、つぶやけば相当な確率で「いいね」がつき、また反応してくれる人がいます。
ひとつの「いいね」から会話が続くこともしばしば。

正直、救われます。
そこへ来るとTwitterなんていうのは平々凡々なつぶやきはスルーされるのが当たり前、
ふぁぼは付かないのも当たり前、だからこそ一人言発信ツールと割り切っている人も少なくない。
でも、よく考えてみると、お互いの一人言をのぞき見るだけでそれ以上の接触が一切ないなんて、
なんて寂しい世界なんだろうと思うわけです。
それぞれは「自分のツイートはきっとあの人に見られているだろう」
という思い込みでしか承認欲求を満たすことができない。そんなのすれ違いが起きて当たり前です。

前も書きましたが意思決定前の思考そのもの(「これから朝ごはん食べようかな」など)を
すべてことあるごとに垂れ流す人もいて、これは読み手としては正直気持ち悪いです。
アイドルでも著名人でもなんでもない人がやっていれば、なおさら。
今はもうフォローしている人には居ませんが、昔は「ツイ廃」と呼ばれる、
とにかくなんでもかんでもTwitterにアウトプットする人というのが一定数いたものです。
そのつぶやきの裏には、自分の代わりに意思決定をしてほしいという気持ちがあるのでしょうが、
そういう自主性のなさも腹立たしいです。
ぶっちゃけ例のブロック事件の相手を自分がそもそもブロックするに至った原因のひとつがこれです。

自分は定期的にTwitterで承認欲求不満に陥ってはツイ禁を決断し、
そしてまた時間が経つと戻ってきてしまうということを繰り返していましたが、
Twitterでは承認欲求は満たすことができないというのが十年使っていて思うところです。
もちろん、ある程度能力のある人は別です。
Twitterはそういう人を賞賛する媒体としては優れていて、誰もが特別な人を賞賛したがっています。
しかし自分を含む大多数の凡人にとっては、賞賛される立場にはなれません。
Twitterは、もはや凡人の他者を尊重したり賞賛したりする風潮は存在しません。
少なくとも自分のタイムラインはそうです。
野次馬がインターネット世界に大集合したのが今のTwitterだと思います。

そこへ来ると、くだんのアプリは誰かと誰かが繋がることそれ自体が素晴らしいという考え方なので、
お互いに声を掛けやすいし、「いいね」も飛ばしやすいんですよね。
賞賛されるハードルが非常に低いんです。
フォロー数や「いいね」数が表示されないので、奇をてらった自慢話等をしている人が皆無。
これは承認欲求に餓えている場合にかなり有用なアプリなのではないかと思った次第です。
万が一にも自分のアプリ上のつぶやきを知り合いに知られたくないので
具体的なアプリ名は差し控えますが、類似アプリはもうかなり出回っているようです。
これらがもっと勢力を増していって新たなSNSとして台頭してくれればいいのに。

とりあえず自分は、今後は承認欲求を満たしたいかまちょ発言や愚痴等はこのアプリに垂れ流し、
Twitterにおいては基本的に有用なツイートだけに絞り込んで発言していこうかと思っています。
こうすることでTwitter上は例のトラブルのような事態を未然に防ぐことにもなるし、
自分は自分でどんな暴力的な愚痴も言いたい放題になるので、かなりシナジーがあるのではないかと
(とはいえモラルや法律に反する発言が匿名SNSでもNGであることは言わずもがな)。
これのおかげでTwitterの裏アカは存在意義が完全になくなってしまいました。今後の活用方法を模索中。

余談ですが昨日の有線LAN接続問題はあっさり解決しました。単に配線が抜かれていただけでした。
その代わり花粉症については一夜明けてめちゃくちゃ悪化しています。
風邪でもなんでもないですが、あまりに辛いのと会社では今週は比較的暇だったこともあったので
思い切って休んでしまいました。明日は出勤予定ですが花粉症は収まっていないでしょうね……。

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