#5597

心の補助輪


今日の出来事

#5488『振り返った思い出 2018』2018年12月31日〉でもカミングアウトしましたが、
実は自分は去年中盤から心療内科に通っており、今も通い続けています。

通い始めた理由は、去年05月頃に後輩が致命的ミスを残していったことが発覚し、
それが理由で先方の上司からガツンと叱られてしまったこと、
またそれから芋づる式にミスが発覚してしまい、仕事としてはかつてない修羅場だったことから、
精神的に辛くなってしまったのが発端でした。
それまでも精神的に辛くなったことはいくらでもありましたが、今回はさすがにヤバいと思ったので、
ついに今まで行こうとして行かなかった心療内科に通ってみることになったのでした。
今はそもそも仕事を辞めたので当時のことは何とも思っていないし気に病んでいませんが、
それでも一応念のため通い続けています。

当時は「うつ病ではないが軽度の抑うつ症状が見られる」という診断結果が出て、
もっとも弱い効力のある精神病薬を処方されました。
今にして思えば、それなりに効果はあったと思います。2018年は全体的に不遇の年だったので、
薬の効果が出る以上に精神的負担に思うような出来事もいろいろありましたが、
総合的に見ると、05月当時の抑うつ状態はかなり緩和されたと思うし、
それは何よりも現在、当時のように思い詰めないようになったという進歩を
日々実感しているという点でも確かなことだと思っています。

ということなので、自分はおそらくこの精神病薬は必要なんだろうなというのは分かりました。
が、しかしカウンセリングが必要なのかというとはなはだ疑問です。
約一年間、心療内科に通い続けてみて凄く思ったのは、
心療内科は相談室ではない、ということですね。
自分が抱えている具体的な生活上の悩みをどんなに先生に打ち明けても、流されてしまう。
今回は時間の都合でたまたまそうだったのかもしれないとも思うこともありましたが、
これが毎回そうだということに気付いてしまったんですよね。
この先生は相談を親身に受け入れてくれるわけじゃないんだな、と。

もちろんこれを、心療内科全般がそうだと言うわけにはいきません。
が、少なくとも自分は今通っている場所は、ほとんど薬をもらうためだけの機関であって、
診療にはまったく期待できないというのが実情です。相談相手が別に欲しいくらいの状態。
でも、お金の無駄だとは思っていません。それだけ薬が頼りになるからです。

ここで声を大にして言いたいことは、
しんどかったら心療内科に行って薬をもらってくるだけでも大分違うよ、ということですね。
別にうつ病の人じゃなくても処方されるし、
飲むだけでネガティブ思考の反芻に対してはそれなりにブレーキが効くようになると思います。
そして別に具体的な悩みを先生に話す必要もないということ。
逆に言えば、相談を聞いて欲しいという目的がメインなのであれば心療内科は不向きです。
自分はもう薬をもらうためという目的のために行っているのであまり気にしていませんが、
それでも相談相手にならないということは、
じゃあ診察料は何の為に消費しているんだろうと思わなくもないです。

結局、自分にとっての最大の相談相手って自分自身だと思うんですよね。
他人に話を聞いてもらうのは、自分の言葉を客観的に見るために過ぎない。
心療内科で処方される薬というのは、相談相手たる自分が
ネガティブな思考の反芻などによって正常に回転していないのを正常化するためのものであって、
悩みそのものを解消してくれるものではない。
支えてはくれるけれどそれ自体が動力源にならない補助輪のような存在。
どうやらそれを肝に銘じる必要がありそうです。

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