#5599

女子高校生に思うこと


備忘録

日本国内に住む人ほとんどの誰もが等しく持っている高校時代。
さて「女子高校生といえば何か?」と言われて、何が思い浮かぶでしょうか。
たまごっち、ポケベル、プリクラ、ルーズソックス、ギャル文字、デコ携帯、インスタ、Snow。
どこかに世間の流行を作っている場所があるのかどうかは知りませんが、
流行の渦中には何故かいつも、この世代の女子がいるものです。
LINEも当時の高校生が受け入れなかったら、今頃社会インフラになっていないでしょう。
ある意味恐ろしい存在です。

そんな女子高校生は、自分にとっては何年か前はクラスメイトの女子でしたが、
いつの間にかそうじゃなくなってそこそこの時間が経っていた昨今、
自分が高校時代のときの「女子高校生と言えば何か」という問いに対する答えを、
そろそろ書いておかないと忘れてしまうのではないかと思ったので、
ちょっと内容的には憚れるのですが、書きます。

自分が男子高校生だったころの世間一般の女子高校生の象徴といえば「ミニスカート」でした。
ちょっと上の世代のいわゆる「コギャル」的なキャラクターが古くなっていた当時、
ルーズソックスもせず化粧も控えめにする代わりにとにかくスカートを短くしては風紀指導を受ける、
というのが近年の各世代を見渡したうえで見た、同年代女子に対する最も強い印象です。
しかし今改めて思い返すと、それは単なる着崩し以上に様々な要因が絡み合っていたように思います。

自分の世代は、地元ではどうやらミニスカブーム最後の世代であるそうです。
というのも在学中にとある全国誌が「(自分の)地元の女子高生はスカート丈が日本一短い!」
と取り上げたものだから、他のメディアでもそれを取り上げるようになり、
地元校や教育委員会がこれに対抗するために本腰入れてスカート丈規制をするようになりました。
それは従来のような「短くしている生徒を厳しく叱る」とかいう精神論ではなく、
制服に円弧状のガードを入れる、裾だけデザインを変えて切りにくくするといった物理的な対策です。
ゆえに自分より下の世代は短くしようとしても短くできなくなり、
また2010年代に入ると当事者たちの間も「短すぎるのはもう古い」という価値観が広まり、
地元でもここ五年くらいは女子高校生を見かけても膝丈がほとんどです。

しかし、じゃあ当時の女子クラスメイトはみんなミニスカートだったのかというと、それも違います。
自分は女子ではないのでこれはあくまでも推測の域を出ない話ですが、
当時の女子はスカート丈を揃えることが仲間の印である、という無言の了解があったように思います。
例えば女子15人がざっくり3グループに分かれるとしたら、
比較的おだやかなAグループは膝丈よりちょい上くらい、活発なCグループはかなり短め、
どっちつかずのグループはスカート丈もどっちつかずの膝上丈といった感じ。
もちろん全員がきれいに当てはまるわけではありませんが、
少なくとも自分が見てきたクラスメイトの多くはこれに当てはまっていたように思います。

さらに地元には学年というタテ社会の影響も少なからずあり、
2年生は1年生より短くするのがふつう、という風潮があったように思います。
当然3年生は2年生より短くするし、もっといえばそのタテ社会は中学1年生から続いています。
中学1年生の制服デビューではみんな一律膝下で、年ごとに徐々に短くなっていく感じですね。
つまり、スカート丈はそういうタテヨコの女子社会において、
お互いの立ち位置を識別するためのある種の「マーク」として機能していたのではないか、と。
おかげで男子から見ても、女子はスカート丈である程度のポジションは把握できていました。
見慣れない丈の女子がいたら「もしかしたらあれは上級生かな」とか。

当時世間がクラスメイトの女子に対してどういう視線を送っていたのかは知りませんが、
上記のような事情から、少なくとも「ギリギリこそかわいいと思っていた」
などと誰もが思っていたわけではないと思います。
カーストの上に来ればくるほど、「カーストの下よりは短くしなければならない」
という制限が加わるわけで、当然高3で最上カーストのグループに所属した女子からしてみれば、
2年生よりは短く、かつクラスメイトの下位グループの子よりも短くといった条件の中で設定すれば、
それを明確にクリアするためには「限界ギリギリ」にならざるを得ないこともあると思います。
その結果が日本一短いと言われるようになった所以なのではないでしょうか。
ちなみに高校時代をざっと思い返してみて、
今まで一番短かったのは「カーディガンにほぼ完全に隠れるくらい」
というのが見た限りでは最短記録だったと思います。膝上25cmくらいでしょうか。

だからまぁ、きっと本人たちも不本意だったかもしれないし、
少なくとも自分の意思「だけ」で決めたのではないということは明白なんですが、
そんな思惑も知らずに当時の学校側はとにかくスカート丈を規制しようと躍起になっていました。
毎シーズンの服装検査は女子だけスカート丈検査があり、
「膝立ちをして裾が床に付いたら合格」というものでした。
しかし当時の女子はスカートは切るのではなくベルトに折って巻いて短くしていたので、
いつでも膝丈に戻すことはできるし、その逆も然り。
なので検査前だけ元の丈に戻せばよく、何の意味もない服装検査でした。

今、改めて思うのは、何故学校側はあんなにも躍起になってスカートを規制しようとしていたのか、
ということです。今だから言えますが、学校側の意見はどうしても男性的目線の割合が強く、
それゆえに女子の反発を招いていたのではないかと想うんですよね。
生徒指導の説教タイムで出てくるスカート規制論も、
曰く「痴漢されたら危ないから」「ふとももの露出は男子を刺激しすぎる」
「下着を見せるのは女子としてはしたない」といった、性的アピールによるリスクの説明ばかり。

痴漢するのも、ふとももや下着を見て喜ぶのも男子だけの価値観の話であって、
そんなことは女子にとっては知ったことではない。そんなことより友だち関係を維持するために
スカート丈という「仲間印」を維持する方が大事に決まってる。
当時の規制派と反規制派の対立は、そういった意見のすれ違いが主だったのではないでしょうか。
結局在学中に女子のスカート丈は学校側の意に介することは一度もなく、
むしろ学年を上がるごとに短くなる一方でした。
羞恥心の対策にはスカートの中に見えても良いインナースパッツなど黒い下着を履くことが浸透して、
階段をのぼるときなどもほとんどの人はあからさまに隠す仕草をせず、
男子もそれを見てもなんとも思わないのがふつうでした。少なくとも表面上は。
なんだかその辺は男女とも妙に「悟ってる感」を共有しようとする雰囲気がありましたね。
私たちもう大人なんだからそういうことにイチイチ目くじら立てないし、みたいな。表面上は。

まぁ、そんなことでスカート丈は単にファッションにおける変数のひとつにあらず、
自分世代にとっては見た目の善し悪しやファッションとしての機能性といった価値観を超え、
女子社会を表すために計算された巧妙なステータスだったのではないか、というお話でした。

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